第194回
Ready to change my life!ーー『心の鎧の下ろし方』刊行記念 三砂ちづるさんインタビュー(1)
2025.05.29更新
2025年6月12日(木)、リアル書店にて『心の鎧の下ろし方』が先行発売となります。
ミシマガでおなじみのロング連載「おせっかい宣言」を元にした、3冊目の書籍。刊行にあたり、著者の三砂ちづるさんのお人柄を読者の方々にも改めて知っていただきたく、ミシマ社のスタッフたちからの質問も預かり、はるばる竹富島にうかがって収録したインタビュー、本書の紹介も交えながら、3回にわたってお届けします。
(聞き手・構成:星野友里)
竹富島に移住して、一番大きく変わったこと
――竹富にいらっしゃって、ちょうど1年ぐらい経ちますが、一番変わったのはどんなところですか?
三砂 もう何もかも変わったんですけど、一番変わったのは、賃金労働をやめて、自分の時間が完全に自由になったことですね。竹富島に移住して、そういう仕事をまだ残していたら、気分が全然違ったと思います。
―― 一番大きな変化は、そこなんですね。
三砂 大学に勤めている間、私は教師の仕事がすごく好きだったし、自分のやりたい研究もしていた。 だから、やめたら寂しく感じるかなと思っていたんですけど、全然そうならなくて、自分でも意外でした。全部私の時間なんだと思うともう嬉しくて、夜中にヘラヘラ笑ってしまうという(笑)。
もちろん賃金労働していた頃より収入は減りますが、いただけるお金で足りるように暮らしていこうという、そういうのがわりと好きというのもあります。
――人間関係なども全部仕事に付随していたために、退職するとやることがなくなってしまう恐怖があるという話もよく聞きますが、先生はやりたいことがたくさんある・・・?
三砂 いや、そういうことでも別にないんですよ。 私は、やりたいことがあるんだったら、どんなに忙しくてもやってきたところがあります。この本にも書きましたけど、一番忙しい時期って、どう考えても時間は足りないはずなのに、みんな結構好きなこともやってたりするじゃないですか。今私が感じているのは、自分の時間を仕事のために、もう切り売りしなくてよくなったということが、こんなにすがすがしいものなのかということなんですね。 私たちは、あまりにも小さい頃から忙しすぎて、やらなきゃいけないことがないという状況に、慣れていないだけなのかもしれません。
三砂ちづるさん
「ready to change my life」
――三砂先生は、今回の移住もそうですし、これまでにもイギリスやブラジルに移住されたり、人生の中で思い切り舵を切る、その切り方が華麗だなと思います。ミシマ社のスタッフから、「変化」の中に自ら飛び込む決断するときに、背中を押すもの、最後の一手となるものは、なんですか? という質問がきています。いかがでしょうか?
三砂 私、結構受け身の人生なので、やむなく変わっていったという感じで、実は華麗でもないんですけど。でも背中を押しているものはね、やっぱり好奇心じゃないですかね。
――おお。好奇心。
三砂 好奇心がすごく強いので、人生が変わっていくことに対して、ワクワクするところがあるんですよね。こういうのは一歩間違うと、単なる極道です。
英語で言えば「ready to change my life」という感じで、いつでも人生変わっていいですよという。そういう甘いささやきへの憧れと、飽くなき好奇心。だから初めてのことに入っていくときに、「怖いな、どうしよう」より「この先に何があるんだろう、楽しみ」と思ってしまう。
現実に人生が変わるというときには、自分が予定したり準備したことじゃなくて、突然変わっちゃったり流されたりすることも多いんですけど、そうであるにせよ、新しいことが始まることに対して好奇心がありますね。
――そうなんですね。
三砂 ただ、人生いつでも変えられる(ready to change my life)、と言いましたが、場所としてはここを終着点にしたい。竹富島に建てたこの家が、人生で一番長く住んだ家になるように長生きしたい、いろいろなものに導かれてやってきたこの地に最後までいさせてもらいたい、と思っています。ここでの人生がまた、ここでいろいろ変わっていくかもしれませんけれどね。
自分というチューブの通りをよくする
――今回の本では、それが1つのテーマにもなっていて、とくに第一章には「染められる幸せ」という項もあります。あるいは、若かりし三砂先生の、下記のようなエピソードも紹介されています。 今、世の中で言われる「アイデンティティ」には、染められないことを指すニュアンスが強い気がしますが、先生にとってのアイデンティティとはどんなものでしょうか?
だって、日本人は普段は苗字が先で名前があとである、中国人だって韓国人だってそうしている、日本人だって英語を話すからといって、逆にする必要はない、そういうことはわたしのアイデンティティに関わる、とかそんなことを必死で、当時、まともにできもしなかった英語でしゃべろうとしていたんだと思う。
ケルヴィン先生は、わたしを見て、冷静に、君、アイデンティティってそういうことに使うんじゃないよ、と言った。――『心の鎧の下ろし方』p27「アイデンティティって」より
三砂 今言われたような意味でのアイデンティティなんていうのは、あまり持ちたくないと思っているのかもしれないです。若い頃から、自分はチューブみたいなもので、できるだけその通りをよくすることが大事だという感覚があって。私は体を持ってここにいるけど、大きな力が私を使って何かをしようとしているから、私のやるべきことはできるだけそれを邪魔しないこと、というね。たとえば何か祈るときも、どうか私がよく使われますようにということしか祈らない。
――チューブの通りがよいというのは・・・?
三砂 身体的にも精神的にも、自分で自分のことを快適だと感じるのが、よく流れている状態だと思っています。だから、今どきの言葉で言う、心身のメンテナンスは、すごく大事にしています。毎朝ゆる体操をするとか、心のこだわりをできるだけなくしていくとか、そういうことが、まあ、私のアイデンティティの一部にもなっているんだと思います。
――それは自然とそう思うようになったんですか?
三砂 そうですね。自分が役に立つとうれしいけど、この世の中で何か成し遂げたいとか、あまり思っていない。こうやって本を出させてもらったりするのは、私を通じて流れていくものが形になっていくことだから、とてもとてもありがたいことだと思います。 でも、それが受け入れられるかとか、ほめられるかとか、そういうのは結果なので、どっちでもいい。ずっとそうです。
でも、そういうことを言うと、綺麗事だろう、大学教授までやって外国にも行って、いろんなことができたから、そんなことが言えるんだよ、みたいにすぐ言われるんですけど、それは逆なんじゃないのかなって思います。後ろを見れば、ついてきた。自分をいい状態にして、流れていくことに対して準備できるような、自分の作り方をしていきたいと思っています。
(つづく)
*続編は6/5(木)に公開予定です。