第145回
『一泊なのにこの荷物!』発刊記念インタビュー 本上まなみさんが「書く」ことについて思うこと(前編)
2023.06.09更新
本上まなみにさんにとって8年ぶりのエッセイ『一泊なのにこの荷物!』は、夫・澤田康彦さんとの「初共演」作です。おかげさまで、そのことも含め、報道番組や新聞、雑誌など、多くのメディアに取り上げていただいています。
発行人としては、こうして話題になり、ホッと胸をなでおろしたわけですが、実は、もうひとつ、特別な思い入れが本書にはあるのでした。それは、とても個人的なことで恐縮きわまりなく・・・。私(三島)が20代半ばの頃、最初に勤めた会社で渾身の企画書を書いた著者のひとりが「本上まなみ」さんだったのです。まさか、約四半世紀後、自分のつくった会社から「ほんじょ」さんの本が出ようとは。あの頃の青年ミシマに言ってやりたいです。「思いはいつか、形になりますよ」って。(すみません)
本上さんのデビュー作『ほんじょの虫干。』は、ちょうど私が社会人1年目、営業の研修を終え、編集部に配属される直前の1999年6月に発刊されました。その年、私ははじめての社会人、はじめての東京、はじめてのひとり暮らしと3つの初に戸惑い、文字通り、くたくた、ズタボロの日々を送ります。そのころ、自分を支えてくれたのが、「ほんじょ」さんの文章だったのです。
「ほんじょのマユゲは、実は三角です。さんかくけい。(略)
でもね、さんかくマユゲもこのところずっとごぶさたしてるんだ。
仕事の時にきれいに美しくととのえてしまうから。きれいとか美しいとかって一体何だろうって思うけど、きっと<今流行っているカタチ>のことだ。」(『ほんじょの虫干。』p13~14)
ああ、こんなに飾らずに文章は書けるんだ。と思ったり、癒されたり、ただただいいなぁ、と感じたりしたものです。
今回、『一泊なのにこの荷物!』発刊にあたり、本上さんに「書くこと」についてお話をうかがいました。澤田さんの特別出演もあり!
*記事の最後には、展示のお知らせもございます。
(聞き手・まとめ 三島邦弘)
本上まなみさん
話すのはずっと得意じゃなかったのに、こういう職業に
――本上さんのなかで、当時書き始めたときと今とでは、書くことに関して変化はありますか?
本上 変わらないところも変わったところもあると思うんですけど、ものすごい時間がかかるタイプです。なにがいちばん自分の気持ちを表す言葉なんだろうというのを探すのに、いまだにずっと時間がかかって。大変だなと思うけれども、書くことはとても楽しいです。
――本書のあとがきで澤田さんが、「原稿がはかどらない、というのは確かに私たち夫婦の口癖」と書いていらっしゃいますものね。それは、最初からですか?
本上 最初からです。さっき言った、自分の言葉を探すことに時間がかかるんだと思うんです。もともと話すのも得意じゃなくて、この職業を始めてから、いろいろ人前でしゃべるということをトレーニングするようになって。それまでは、友だちと過ごしていても、そんなにめちゃくちゃしゃべるタイプでもなければ、ほんとうに気の合う子とつるんでても饒舌にしゃべり合うこともなく、ボソボソしゃべる。「そうやなぁ」「ふーん」みたいな。もともと自分はこうですよとか、こんなことが好きなんですよ、と話すのも得意じゃなかったのに、図らずもこういった職業についてしまって。無理やりに自分は何が好きなんだろう、こういう気持ちがおもしろい、つまらない、しんどい、とかいろんな感情がそのときそのときに自分が体験していることで出てきて、「言葉にするとこういう言葉なんだ」と自分自身で確かめているような感覚があります。
そのトレーニングをずっと続けているような意識があるんです。だけど、しゃべることって、瞬発力が必要なのに、私自身はたぶんのんびりしているほうなので、言葉が出てくるのに時間がかかる。人に会ってしゃべるというのが、けっこうたいへんなんです。だから、なぜ書くほうにいったかというと、おそらく書く時間は考える余裕を十分に与えてもらっているから。そのなかでやりくりして、思っていることを、その時間内に書いてしまえば、「それでいいんだ」と気づけたのが大きくて。
しゃべるか書くかどっち? と言われたら、書くほうが好き、と答えると思います。最初といまと何か変わったかなというと、何も変わってないかもしれない。職人さんなら、修行して一人前になると思うんですけど、私の場合あまりそれはないのかもしれないです。
澤田 書き上げた後のさっぱり感! 急にさっぱりするよね。どんよりした雲がぱっと晴れて。ショウジョウバエが急に去った、みたいな表情。
本上 自分でまたどんよりするのはわかってるのに。
澤田 だってそこまでは遊んでるし。
本上 (笑)
――書き出す直前まで遊んでるんですか?
澤田 別の仕事をしている場合もありますけど、遊んでます。子どもと遊びに出たりしてるよね。
本上 いまできそうかなという瞬間が来ることもあるんですけど、それでもなかなか「じゃあやろう」とはならないもので。
澤田 それは『
本上 うん。
書き出す前の本上さんは人間じゃない動物になる?
――『一泊なのにこの荷物!』の連載では、テーマを本上さんが「朝ごはん」「毒虫」と毎回テーマを選ばれましたが、このテーマで行こうと言ったらバッと書いてましたか?
本上 そうです。それはなんでかというと、時間がギリギリだったんです(笑)。
――ギリギリでテーマも選んでいらっしゃったと(笑)。
澤田 連載開始前に、2人でテーマをまずはいっぱい出し合ったよね。そのなかから「何でやれるかね」と、最初から彼女のなかにインプットはされてるんです。けど、できるできないをぜんぜん決めない。「これにするか?」って言っても、うんとは言わない。慎重なんです。嫌だとも言わない。あれなんでかね。ああいうとき黙るよね。
本上 黙る。なんて言ったらいいかわからないんです。たぶん動物みたい・・・。
澤田 僕から「これにしなさい」とも言えないし、「こっちはなんでもいいからね」というのをまた悪くとるし。コミュニケーションがとりづらい。そうそう。不思議な動物みたいな。
本上 自分でも動物みたいと思います。人間に近づいていないというか。ちょっとしんどい、がんばってるけど、ギリギリ踏みとどまって、いるのかいないのかくらいの感じだと思います(笑)。
澤田 一歩手前という感じだよね。このことに関しては。慎重になってるわけではないのか。
本上 慎重になってるわけではなくて。
澤田 本上のその感じはね、書きたいけどうまく書けないんですよ。だんだんハエが飛び始める感じ。
――飛び出してから書き始めるんですか?
澤田 「やらなあかんねん」みたいなことを言う。「やらなあかんねん」と言う回数が増えてくる。
本上 それはもう知ってるしみたいな。カレンダーにも書いてあるしみたいな(笑)。マネジャーからも「締め切りそろそろですよ」みたいなことを言われ。わかってるねんけどなぁ、って。
――この連載だったら時間はどれくらいで書いていただいていたんですか?
本上 わからんけど、一泊二日くらい。ここらへん(頭のまわり)にいっぱいハエを溜めて。
澤田 夜にやるよね。
本上 そうですよね、なぜならやっぱり人がいるとできないからね。それか学校に行ってるときとかね。コロナのときは子どもが学校に行っていなかったから苦しかったな。
――そうか。それ自体で執筆のペースや書く時間帯が変わらざるを得ないですもんね。
本上 やっぱり子どもが暴れている日中はできないですよね。
澤田 賀茂川行きたいもんね。子どもたちを(夜寝かすためにも)弱らせないといけないし。
本上 でも弱らない。こっちが弱らされます。
――そうですよね(笑)。大人のほうが眠くなりますよね。
本上 早く寝るのはこっち。
澤田 本上の原稿がずっと変わらないというのは僕もそう思うな。
――澤田さんは、今回、本上さんの文章を意識されました?
澤田 あんまり褒めるのもしゃくだけど、すごいピュアで、ほんとうのことをそのまま書いてるなぁって思いますよね。それに負けないようにしないといけないから大変なんですよ。こっちのほうが「やらしい」んですよ、文章とかいろいろ。笑かしたいとか、そういうものが生じてくるので。でも、どうも小手先の技なんで、動物の純粋さには負けちゃう。
――本上さんはそういうのないですか?
本上 基本的にない。サービス精神がないとよく言われる。
ピンポイント観察者
――本上さんの文章には、食べ物や虫など固有名詞が多く、めちゃくちゃいろんなことを覚えてらっしゃる印象なのですが、エピソードなどは全然おぼえていらっしゃらないとうかがいました。細かいところをおぼえていらっしゃるのは、絵として、ですか?
本上 絵として覚えてるんだと思います。
――それを再現させて文章を?
本上 そうですね。
――じゃあ、けっこう観察をされていらっしゃる。
本上 観察するのは好きですね。人の話を聞いたりするのもすごい好きなんですけど、話自体はすぐに忘れて、その人の仕草とか、着ているものとか。
澤田 目ざといし、すぐ言ってくるよね。洋服でも小物とかでも、「それどうしたん?」とか。答えても「ふーん」で終わってそのままなんですけど、なんかビジュアル上違和感をおぼえたら、それに対しては1回言及してくる。観察する人なんだと思います。
――どういう観察のされ方なんですか?たとえば、日常のこともけっこう書かれますけど、起きて、たとえば賀茂川までいくというときの道なりなど、歩いているところの絵が全部・・・。
本上 そんなことはないです。ほんとうにピンポイントで、その道中になんか変な色のイモムシがいれば、そのイモムシを鮮明に覚えているんだと思います。
――そのときに興味を持った対象。
本上 その対象にだけフォーカスがきて、他はぼやけてます。だからイモムシのディテールはものすごく書けるんですよ。「それがどうしたん?」と言われても、「いや、すごいおもしろくない?」みたいな感じの感想しかない。
澤田 そこから広がらない。
本上 あまり役には立たないです(笑)。
――たとえば賀茂川に行くのだとしたら、また行った場所でなにかを見つけたときにキューとフォーカスが当たる。そういう、フォーカスが当たったものの積み上げみたいな感じですね。
本上 そんな感じですね。
――はぁ〜、おもしろいな。その間ぼやけてるのが(笑)。
本上 何も見えていないんですよね。だから、たぶん一緒に住んでる人の方が大変なんじゃないかと思う。急に立ち止まってしゃがんだ! みたいな。
澤田 自然観察に限らずに、たとえばタクシーに乗ったとき、クーポン券がいっぱい出てきたらクーポン券の方に目がいくから、財布を忘れていったりしたこともあるよね。いびつなピンスポットの当て方をしてるから。
本上 うちの両親を見ていてもそんな感じなんですよね。おそらく、そのあたりは親から受け継いでいるのかなという気がする。
澤田 全体を見ていない感。
本上 でも、そっちに集中するから、周りの人がそれでどうなっているかも気がつかないし、自分のやりたいことに熱中できるんですよ。だから、想像ですが、一緒に住んでる人とか、一緒に仕事をしている人とかは・・・はぁみたいな(笑)。もう観察終わりました? みたいな。
一同 (笑)
澤田 でもね、一方で家事とか、僕の母親のところに行ったりすると、気遣いとかはすごいんですよ。
本上 たぶんスイッチを切り替えてるんだと思います。
澤田 いつも切り替えようよ。
一同 (笑)
本上 家ではオフになってるな。
――オフになったときにバッと入り込んで、そこに、おもしろいと思ったものをずっと観察していられるし、その他は気にしないでいられる(笑)。
澤田 そうね。しょっちゅう庭に出て、何か発見して言うてるもんね。虫にもなんかしゃべりかけてるよね。
本上 言ってるかも。
――文章は、本上さんのオフの感じがそのまま生きている感じがします。
本上 そうだと思います。ニュース番組とかでもそうですし、バラエティ番組とかでもそうですし、外に出る仕事のときはある種のスイッチが入って、ちゃんとやらなきゃいけないとか、しなきゃと張り切っているんですね。書いているときは自分のほんとうのことを書きたいから、たぶんオフになっている状態のことを書いているんだと思います。
――たとえば京都新聞で「現代のことば」のような、時事的な原稿を書くときはどんな感じですか? 同じですか?
本上 いや、新聞はちょっと違いますね。
(後編につづく)
**次回、「社会派の発言をするときに本上さんが思うこと」を掲載します。お楽しみに!
編集部からのお知らせ
「あんな日のこんな写真 展」@彦根 開催中です!
『一泊なのにこの荷物!』の刊行を記念して、特別な展示を開催します!
題して、「あんな日のこんな写真 展」。
初の夫婦でのエッセイ集『一泊なのにこの荷物!』で、実はシュッとしていない「わやくちゃ」な家族の暮らしや、幼少期・学生時代の思い出をたっぷり綴った本上さんと澤田さん。
今回、お二人から秘蔵のスナップ写真を提供いただき、書籍で描かれていたあんな場面、こんな場面の実際のようすを、超限定公開いたします!
あさごはんの食卓。謎の「おかあさん体操」。娘が生まれたばかりの頃。一緒に暮らしていた猫。はじめて乗った車。庭で毒虫に遭遇。親子で川遊び・・・。
ここだけの写真が満載です。
会場は、澤田さんの母校のある滋賀県・彦根のMiTTS FINE BOOK STORE(ミッツ・ファイン・ブック・ストア)さん。彦根城のお堀端、キャッスルロードから入る話題の書店です。
「晴れでも雨でも今の時期の街は美しい。この機会に彦根見物もいかが?」と澤田さん。
展示とあわせて、ミシマ社の書籍フェアも開催します。ぜひお越しください。
<会期>
2023年7月17日(月・祝)まで
営業時間:金土日祝 12:00-18:00
※平日の月曜〜木曜は定休日ですのでご注意ください。
<会場>
MiTTS FINE BOOK STORE
〒522-0064 滋賀県彦根市本町2-2-44
Tel:0749-24-2111
<ごあいさつ>
彦根東高校出身のサワダです。編集者・もの書きとして、東京や京都で大変がんばっています。このたび愛する〈みっつ〉さんが、なんと私どもの本を応援、ワンコーナーくださる運びとなりました。何にしよう? と夫婦で3日3晩相談の末、今回書いた題材の元となっている「私たちの暮らし」のスナップ写真を新旧どばっと出そうか、と。基本しょうもないものばかりですが、ほとんどどれも外に出さないものばかりです(しょうもないからね)。でもまあだからすなわち秘蔵写真。彦根でもがんばらねば、です。
澤田康彦
*
彦根は夫とときどき訪ねる大好きな街です。ここで3年間、自分がいかに勉学に打ちこみモテていたかをじまんする夫ですが、本当かなあ? 本屋さんや映画館通いだけは本当だと思うけど…。今回はお世話になります。なんとも恥ずかしい写真多数ですが、エッセイで色々さらけだしたし、「冷や汗ついでにええやん」ということで乗ることにしました。ほんの少しでも、家族って楽しいね、とかって思ってもらえればうれしいです。
本上まなみ
著者トークイベント開催!
7/2(日)、上記展示中のMiTTS FINE BOOK STOREさんにて、澤田康彦さんのトークイベント「『一泊なのにこの荷物!』滋賀スペシャル サワダさんのあんな日のこんな話」を開催します!
「あんな日のこんな写真 展」には、滋賀コーナーも!
能登川生まれ、彦根東高等学校卒業生の澤田康彦さんが、彦根に帰ってきた!
澤田さんは『一泊なのにこの荷物!』で、故郷・滋賀のことをたっぷり語っています。
“そう、私の海は海ではなかったのだ。正体は琵琶湖。”
“滋賀県の湖東地方が出身の私。生まれてから長いこと、冬というものは雪がぼたぼた降って、朝はつららがにょきにょき下がって、昼は道がじゅるじゅるになって、屋根から急に雪がどさどさ落ちて、ってそういう季節と捉えていた。”
“いまは懐かしき彦根の三年間の思い出。五十年後、そんなにっくき隣の高校を、同じ町であるだけで応援しているジブンがいるなんて” (本文より)
今回のイベントでは、澤田さんの高校時代のバドミントンの相方、堀口豊さん(彦根生まれ)を聞き手に、実際の写真の前で本書には書ききれなかった滋賀のお話を存分に語っていただきます!
<出演>
澤田康彦
聞き手:堀口豊
<時間>
7/2(日) 11:00-12:30頃
<会場>
MiTTS FINE BOOK STORE
〒522-0064 滋賀県彦根市本町2-2-44
<定員>
15名
<参加費>
1,000円+1ドリンクオーダー
※お支払いは当日店頭でお願いします。
現金、PayPay、クレジットカードがお使いいただけます。
<ご予約方法>
MiTTS FINE BOOK STOREさんに、
①お名前、②連絡先(メールアドレスまたは電話番号)
を以下のいずれかの手段でお伝えください。
・店頭
・電話:0749-24-2111(営業時間:金土日祝 12:00-18:00)
・メール:mitts@a-hon.com
<キャンセル>
キャンセルの場合は、事前にご連絡ください。