第104回
『菌の声を聴け』刊行1周年 鄭文珠さんインタビュー 「『菌の声を聴け』を韓国の読者に届ける」後編
2022.06.18更新
2022年5月、『菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案』(渡邉格・麻里子著)が刊行から1周年を迎えました。この間、ものづくりに関わる方、食や微生物について考えたい方、地方で暮らすことや町づくりに関心のある方など、たくさんの読者の方々が本書を手に取り、おもしろい! と支持してくださっています。
その反響は日本に留まりません。タルマーリーの実践は、じつは韓国でも注目いただいています。
私たちは、『菌の声を聴け』1周年を記念し、韓国語版翻訳者の
日本と韓国は、東アジアの隣国で経済規模も近く、少子高齢化、首都一極集中、若者が将来に抱く不安・・・といった社会的な課題を共有しているように思えます。
鄭さんは、どうして『菌の声を聴け』を韓国の読者に届けたいと思ったのでしょうか? 韓国にもタルマーリーのような試みはある? キムチやマッコリに代表される韓国の菌文化は、人びとの生活にどんなふうに息づいている? 貴重なお話をたっぷり伺いました!
(取材・構成:角智春)
どこからかもらってきたキムチがいつもある
――韓国にあるキムチなどの「菌」の食文化と、タルマーリーさんの実践には共通点がありますか?
菌の食文化、発酵食品は、人類の文化の貴重な遺産だと思います。その文化遺産を継承し、楽しむ行為という面では、どんな菌の食文化も同じと言えるのではないでしょうか。とくに、伝統の菌のみでマッコリをつくる韓国の酒蔵とタルマーリーさんには、働き方や流通・販売の面で多くの共通点がある気もします。
ただし、同じ菌の食文化だと言っても、キムチと
キムチと醤類は、文字どおり「最初から最後まで一つになって」生産し、消費されます。材料の生産、製造、摂取、余った分の処理に至るまで、多くの人がかかわりますし、かかわった人は「私たち」になるのです。
その点では、我が家のキッチンとよその家のキッチンの境界がない、とも言えます。
親しい者同士だけでそうするわけではなく、しょっちゅうお互いがあげたり、もらったり、交換したりします。
典型的な都会人である私は本当に不思議に思いますが、今うちにも、何処からかもらってきたキムチと醤類が5種類もあるんです! 私、そんなにオープンマインドの人じゃないのに、いつの間にかそうなっています(笑)。作って食べる過程を分かちあう人々が、結局は「私たち」になるという点で、ユニークだと思います。
(チョンさんが近所のお姉さんからもらってきたキムチ。後述の「キムジャン」でつくられたもの。上のほうが古漬けで黄色くなっている。古漬けのキムチにも使い道はいっぱいあるそうです)
良いものは分け合うもの
――韓国では、場所(都市か地方か)や家族構成などにかかわらず、どの世帯にも手作りの発酵食品があるのが一般的なんですか?
キムチは、手作りが一般的です。
20代の一人暮らしなど若い人たち、忙しい人たちは、市販のものを買って食べることも多いでしょうが、なぜか、歳をとれば自然に作って食べられるようになります。周りに作れる人が多くなれば、もらってくることも増えるでしょうね。
キムチは、普段食べるもの(季節ごと・材料ごとに作る)は、少ない量を作って1、2ヶ月食べます。冬になると、「キムジャン」といって、春になるまで食べる量をいっぺんに作っておく慣習があります。主婦なら、普段食べるキムチ、キムジャンキムチの両方ともよく分け合います。
キムジャンキムチは、一緒に作ることが多いので(親世代が中心になる家族単位、さまざまな団体単位、地域社会単位などいろんなレベルで)、一緒に作って分け合ったり、自分は作る過程に参加しなくてももらってきたりするケースが多いんです。キムジャンをせず、買って食べる人もいますが、歳をとるにつれ、どうせ手に入ります。
キムチは、天下の回りものなのです!
醤類は、韓国でもどんどん大量生産したものを買って食べるほうですが、やはり歳をとると、どうしても手作りの物が食べたくなるようです。
大豆、唐辛子から自然栽培したもの、天日干しを選びます。信頼できる人から入手して直接乾かしたりもします(ソウルでもよく見ます)し、自然発酵させた
「醤の仕込みは、1年の農作業だ」という言葉があります。昔は、その年の農作業が豊作か凶作かにたとえられるほど、醤の仕込みを重視したのです。
そういう考え方がまだ残っているので、伝統方式で作ったものは、すごく手間暇かかったものとして扱われますし、「良いものは分け合うもの」といってプレゼントしたりするのです。
「職人」という言葉は韓国語にはない?
(『菌の声を聴け』韓国語版の本文ページ)
――韓国語や韓国の文脈へ翻訳するのが難しかったところはありますか?
「職人」という単語で悩みました。タルマーリーのお二人は自らを「職人」(パン職人、ビール職人)といっていますよね。
ハングルには「職人」という言葉がなく、職業ごとに製パン師(パティシエ)、細工師のような言葉を使うんです。伝統工芸の場合は、小木匠、染色匠のように「匠」をつけて呼びます。
私は、「職人」をハングルの「匠人」に訳しました。「匠人」は、辞書には「何かを作る人」と出ていますが、実際使われるときは「master」(マスター、師匠、親方)という意味でしか知らない人も多くいます。そのため、著者が偉ぶっているようなニュアンスで受け止められるのではないかと、ちょっと悩んだのです。
でも、読者が文脈を読むうちに誤解せずちゃんと理解できると信じましたし、翻訳とは他の言語を使う他の文化の文章を移しかえる作業なので、母国語のような完璧な自然さを求めて「製パン師」「ビール醸造者」と訳すのが最善策でないのは明らかです。だから、「匠人」と訳すことに決めました。
――『菌の声を聴け』のなかで、チョンさんが好きなエピソードは?
井戸掘りのエピソードと、智頭やどり木協議会の活動、「智頭町おすすめツアー」ですね。
まず、井戸を掘るエピソードには「本当に愚直な方だな...」と思えて、びっくりしました(※編集部注:きれいな水を求めていた格さんは、あるとき「井戸を掘ればいい」と直観し、3日間かけて自力で5メートルの深さの穴を掘った。作業にあたって10万円分の井戸輪も購入していた。井戸づくりは成功しなかったが、自力で掘りすすめて水が湧き出たときには「シビれるような感動」があったと綴っている)。想像以上にご自分の追求することにこだわる根性があるんだな、と実感しました。もっとも、それぐらいの根性がなかったら、今までの至難な挑戦もやり遂げられたわけがないですね。
(ソウルのブックフェスティバルでの講演。左から、チョンさん、格さん、麻里子さん)
智頭やどり木協議会(※編集部注:麻里子さんが主体となり、智頭町の女性の仲間たちと立ち上げた町づくり団体。智頭宿の空き家物件を改修し、旅行者に長く滞在してもらうための宿泊施設「やどり木の宿」を準備中。2022年4月に、その前段階として「タルマーリー智頭店」がオープンした)の活動からは、「似たもの夫婦」を改めて実感しました。興味津々なお話でした。「智頭町おすすめツアー」(※編集部注:『菌の声を聴け』のなかで、智頭に行ったらぜひ足を運んでほしいおすすめの場所を、麻里子さんが紹介している部分)で紹介されたお店や施設も、いち読者として私も行ってみたいなと思いました。
――チョンさん、丁寧にお答えいただきありがとうございました! 私たちの本が韓国語の読者とつながっていることを実感でき、ほんとうにうれしいです。
長い話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
著者の渡邉格・麻里子さんが根気よく挑戦を続けられている姿には、学ぶ点がたくさんあります。尊敬しています。今後も、末永くその実践が続くことを願ってやみません。この度は、本当にありがとうございました。
ソウルより
編集部からのお知らせ
渡邉格さんと平川克美さんが対談されます!
渡邉格さんが、『共有地をつくる』の著者である平川克美さんと対談されます。
野生の菌による発酵を起点とした地域内循環の実現、里山の恵みを最大限に活かした農産加工と、豊かな食を楽しむ最高の「場づくり」を目指す渡邉さん。また自ら「非私有」の実践を行い、街の「学び舎」や「共有地」としての隣町珈琲を目指す平川克美さん。「撤退戦」を余儀なくされる現代の日本で、明日への希望をつなぐ取り組みを目指す二人が、その活動や考え、また将来の展望をたっぷり語り合われます。
隣町珈琲「タルマーリーデイ」特別トークイベント
渡邉格×平川克美「共有地に明日の菌(タネ)をまけ」〜「撤退戦」を生き延びるための「非私有」と「発酵」〜
日時:2022年6月18日(土)19:00〜(開場:18:30)
出演:渡邉格(タルマーリー・オーナーシェフ)、平川克美(隣町珈琲店主、文筆家)
場所:隣町珈琲
〒142-0053 東京都品川区中延3-8-7 サンハイツ中延B1(スキップロード内薬局「Tomod's」下)
[アクセス]
東急大井町線「中延」駅 徒歩3分
東急池上線「荏原中延」駅 徒歩5分
都営浅草線「中延」駅 徒歩4分
入場料:3000円
お申込み/お問い合わせ:
下記Peatixページから事前にお申込み、お支払いをお願いいたします。
https://peatix.com/event/3255376