第11回
フカフカの土が世界を救う!? 学校では教えてくれない「土」のはなし(2)
2019.04.13更新
今日は昨日に引き続き、土の研究者・藤井一至先生インタビューです。
人間と土の、歴史的な深い深いつながりの話から、ちょっとワケありな日本の土の話へ。ウンコとフカフカの土のお布団がもたらす、思わぬ効用も明らかに!?
文・池畑索季、写真・須賀紘也
藤井一至(ふじいかずみち)
土の研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。
1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。
京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究している。
第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。
著書に『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社新書)、『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』 (山と溪谷社)など。
人間は土からできている
―― そういえば、『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台』に登場するお百姓さんも以前、「身土不二」つまり作られたものをその土地の人が食べる、というのが大原則だとおっしゃっていて、とても印象的でした。
藤井 「身土不二」は仏教用語ですよね。近い言葉に「地産地消」というのもあります。英語の「human」(人間)と、腐植(ふしょく)を意味する「humus」は、「hum-」が同じであることからわかるように、語源が同じなんです。「人間は土からできている」という言葉も、ギリシア語にあるんですよ。養分も元を辿ると土から得ていますし。
―― 深い次元で、土と人間はつながっているんですね。
◆土は古代からの贈り物
―― ある著者さんが、広島の農家さんを訪ねた時、畑の黒い土がフカフカのお布団のようで、寝転んだらめちゃめちゃ気持ちよかったとおっしゃっていました。ミシマ社の庭も、お布団みたいにしたいです。
藤井 よく農家の方は、「土作りは森の土をめざせ」とおっしゃっていますね。僕は細かくツッコめばちょっと違うと思っているのですが、たしかに森の土はフカフカしているんです。たとえば日本の場合は雨が多いから、放っておくと森になるはずなんです。それを切り拓いて畑にしているので、黒々とした土があったとしたら、それは森だった時代の贈り物というか、残してくれたものでもあるはずです。草原だった時代もありますが、それですら、縄文人が定期的に火入れをしたおかげで、炭の多い黒ぼく土ができたという説もあって。どちらにしろ、一生懸命そうやってためたものを、僕たちはありがたいことに使わせてもらっている。
―― 土は過去からの贈り物、なんですね。
藤井 はい、そしてそれは守ろうとしないと守れないものでもある。もう一回森に戻さないと取り戻せなかったりするぐらいのもので、江戸時代には杉の葉っぱなんかを田んぼに一生懸命持ってきて、とにかく土に戻そう、使えるものはなんでも土に埋めてみようとしていた。そういったことを、最近の僕たちはしていないから、どうやったら維持できるか、あるいはどうやったらそれを増やせるか、研究して、議論しているんですね。
フカフカの土は温暖化にも効く!?
藤井 あと、耕さずに黒々とした土をそのまま残しておけば、それは有機物なので、炭素を溜め込むことにもなって、「考えてみればこれって温暖化防止にも繋がるんじゃないか」という話もあります。
―― えぇ! フカフカのお布団は、地球温暖化にも効くんですか!?
藤井 土から腐植いっぱいの黒い層が無くならないようにすることは、温暖化を防止することにも、生産性をあげて収穫量をあげることにも、どちらにも効果がある可能性があって、win-winしかないんだ、だから可能な限り溜め込もうじゃないかという発想ですね。それはフカフカのお布団を作ろうという話と結構一致していて。耕さないのがいいとか、有機農法がいいとか、やり方は別として、とにかく落ち葉を土にためこんでフカフカのお布団を目指そうということについては一致していますね。
土は百〜千年で1cmしかつくられない
藤井 そもそも土は、だいたい百年に1cmしかつくられないんです。これは日本の場合ですね。アフリカだと千年に1cmと言われていて。それを僕たちが耕すことで、ちょっと風が吹いたり、雨で流れたというだけで、数年で1cmの土を失うことが結構あるんですよ。百年の自然の産物を失うというのは恐ろしいことです。
それに対してすごく過敏なのがいまのアメリカで、麦わらを敷き詰めて、土砂の流出を防ごう、土自体に毛布をかぶせて守ってあげましょうと、ちょっと過保護なぐらいに土を守ろうとしている。それに対して日本人がそこまでデリケートじゃないのは、日本の土は黒い層が分厚いし、雨が多くてなにかしら生えてきて、砂漠っぽく見えないので、そこまで意識がいかない。
見た目はいいけどワケありな日本の土
―― 土が12種類ある中で、日本の土は黒ぼく土という種類だと書いてありましたが、この土は動物や植物にとって、住み心地のよい土なのでしょうか?
藤井 日本は全部で3種類の土があって、森や山の土である「茶色の土」、台地に火山灰が積もった「黒ぼく土」、平野に多い「灰色の土」の3つ。それぞれ3割ぐらいずつあります。黒ぼく土というのは、良いところはふかふかしているところ。見た目にはすごく肥沃なんです。あと、黒いので有機物が多くて、通気性と排水性も良い。でも良くないところもあって、火山灰にはアルミニウムが多く含まれていて、肥料のリン酸を全部くっつけちゃうんですよ。だから日本は、そのアルミニウムを黙らせるほどに、リン酸肥料をたくさん撒けるようになるまで、土にかなり手を焼いてきたという歴史がある。
―― 見た目の割に、厄介な土なんですね。
藤井 さっき「森林土壌を目指せ」と言いましたが、森林土壌は見た目がフカフカなのはいいんですけど、酸性であることがネックなんですね。世界一肥沃な土であるチェルノーゼムと似ているから、一見良さそうに見える。フカフカ具合だと圧勝です。ただチェルノーゼムは中性でカルシウムが多いんですけど、火山灰からできた黒ぼく土は酸性でアルミニウムが多くて、リン酸をたくさんくっつけてしまうので、見た目ほど良くないんです。それが、日本の歴史を左右してきたと言ってもいいんじゃないかと思っています。リン酸肥料のなかった時代には、酸性の黒ぼく土で作物を育てるのは難しかった。
正月のウンコは最高 〜肥料と土のこと〜
―― そういえば、ウンコとオシッコだったら、オシッコのほうが養分が多いと本に書いてあったのが驚きでした。
藤井 そうなんですよ。あと、この本に書いていない話なんですが、小松菜は元々東京都東部の葛西の名産なので、昔は葛西菜と呼ばれていました。なぜ小松菜と言い換えたのかと言うと、当時江戸城の糞尿を葛西まで運んでいて、その船を葛西船(かさいぶね)と呼んでいました。葛西菜と聞くと葛西船を連想してしまうので、小松菜というセンスのある名前に言い換えたわけなんです。当時は糞尿くらいしか肥料がなくて、京野菜のように大都市の周りで野菜づくりが盛んになったのも、糞尿のやり場がなくて周りに持っていったら、それがいい肥料になったからです。
野菜は養分たっぷりだと言っているけど、それは養分をたっぷり吸うということの裏返しで、たくさん作り続けるには、どんどん養分を供給しなければいけない。だから糞尿の供給源である都会が近くに必要なんですよ。昔はウンコなしに、野菜づくりなんてあり得なくて、京野菜はウンコが支えていた。そういうつながりがありました。
―― ウンコにも、高級なのがあって、上流階級のウンコのほうがよかったと書いてありましたね。
藤井 農家は必ず1月2日に城下町に糞尿を取りに行くらしいんですね。みんなお正月はいいものを食べて、やっぱりいいものは栄養価が高いから、農家にも本当は「正月ぐらい休もうや」という文化はあったんですけど、2日は正月休みを返上してでも、ウンコを町に取りに行かなければいけない。大根を持って行って引き換えにしてでももらってくることが、土をよくするためには必要だったんです。
―― へえー!
藤井 そのぐらいのことをちゃんと考えているわけですよね。
―― お正月の糞尿はそんなにはっきりと違うんですね。
自分たちの問題に気づくこと
藤井 最近だったら農協に分析してもらって数値を見てわかると思うんですけど、そうじゃないですからね。育ちを見て「あっ、お正月のは栄養があるんだ」と気づく。植物栄養学とか土壌学を習っていない人たちが、当たり前のようにこういうことを知っているというのが、すごくおもしろいと思う。
人間のことを生物からかけ離れた存在、自然界からかけ離れた存在であるというふうにするから、時々わからなくなるんですけど、案外自然界と原理原則は変わらないんだと意識してみると、他の生き物と同じことを昔の人たちはしていたんだなと思います。環境問題とか言っていることって、たいがい環境が問題なんじゃなくて自分たちが悪いですから。
別に江戸時代の人たちが自然と共生しようと思っていたわけではないと思うんです。ただ「なんとか生きていかなくては」と考えたら、この道が最善だったというだけで。でもその姿を見ていると案外、自分たちの問題が何か、わかる時がありますよね。
―― 近いようで遠かった、「土」が一気に身近なものに感じられてきました。たくさんお話聞かせていただき、ありがとうございました!!
*** インタビューを終えて ***
インタビューのあと、藤井先生に実際にミシマ社自由が丘オフィスの庭の土を見ていただいたところ、「これは黒ぼく土。なかなかいい土ですね」とのこと。よっしゃ! 珈琲の出がらしなど撒くといい肥料になりますよとのアドバイスもいただき、さっそく実践中です。
じわじわ、じっくりと、ミシマ社の庭をフカフカのお布団に変えていく計画、進行中です。
編集部からのお知らせ
【ちゃぶ台最新刊(2022年12月15日発刊)】『ちゃぶ台10特集:特集:母語ボゴボゴ、土っ!』が発売中!
『ちゃぶ台』の記念すべき10号の特集は「母語ボゴボゴ、土っ!」。「ちゃぶ台」シリーズではお馴染みの宮田正樹さんのインタビュー「土と私のあいだ」も! 不耕起栽培や「肥料をやらない方が野菜がおいしくなる!?」など、並々ならぬ土への愛を感じさせる宮田さんの野菜づくりが語られています。ぜひお近くの書店でお手に取ってみてください。