第93回
『共有地をつくる』発刊特集 隣町珈琲のはなし(前編)
2022.02.21更新
新刊『共有地をつくる わたしの「実践私有批判」』(平川克美著)が、先週末2月18日(金)にリアル書店で先行発売となり、今週25日(金)には公式発売となります。
本書の中で、著者の平川先生は、次のように書かれています。
この社会を安定的に持続させてゆくためには、社会の片隅にでもいいから、社会的共有資本としての共有地、誰のものでもないが、誰もが立ち入り耕すことのできる共有地があると、わたしたちの生活はずいぶん風通しの良いものになるのではないかと考えている(本文より)
そんな平川先生が店主をしている喫茶店「隣町珈琲」には、独特の居心地のよい空気感があります。お店のスタッフの方との距離も、お客さん同士の距離も、近すぎず、遠すぎず。
「共有地」の元祖ともいえるその場所は、いかにして生まれ、続いてきたのか。
平川先生と、店長の栗田佳幸さんにお話をうかがいました。
――構成:星野友里、田村洸史朗
左:栗田佳幸さん、右:平川克美先生
一番つらいのは、行くところがないこと
平川 栗田くんが入ってきたのはいつだろう?
栗田 僕はですね、二〇一四年の夏くらいじゃないですかね。
平川 ああ、それはお客で?
栗田 はい。たまたま大竹まことさんのラジオ番組に平川さんが出てたんですよ。それで、今日池袋の書店でイベントやるからもしよければ、というようなことを言ってたんです。それで、これ行こうって思って、調べて、結構高くて五〇〇〇円くらいしたので迷って、直前にポチってやって行ったんです。
平川 『「消費」をやめる』が出たときのイベントだね。
栗田 それまでは、名越康文さんが隣町珈琲のことをTwitterでよくあげていたから、関西にあるんだなって思ってたんです。でもイベントに行って、お店はどこにあるんですかって聞いたら、地元の荏原中延だったんで、これはもう行かなきゃいけないと思って、次の日から行きました。
平川 栗田くんがお客で来てたときのことなんて全然覚えてない。毎日来てたの?
栗田 ひたすら毎日いましたよ、仕事してなかったんで、そのとき。
平川 毎日来るんだったら、じゃあ厨房入ったらみたいな。隣町は本当にいろんな人が来ますからね。他に行くとこねーのかと。朝から晩までいてさ。僕もそうだったんだけどね、ライオンに朝から晩まで入り浸って。だから他に行くとこない人が入れる場所、そういう空間は、街に一つあっていいと思うんだよね。一番つらいのはさ、仕事がつらいじゃないんだよね。やることがない、行くところがないっていうのがつらいのよ。精神的には。
栗田 行くところのない人たちが集まってたっていうのは確かですよね。それは若い人だけじゃなくて。
平川 だからここに来ない人っていうのはいるよね。バリバリ仕事して。
栗田 そう。絶対来ないタイプの人はいますよね。
平川 ね、金をどんどん使ってくれる人ね。
汚い店がいい
平川 最初汚い店をイメージしてたんだよね。ベニヤ一枚でいいじゃないかと。本当はそういうふうにしたかった。だから、今そこにあるしっかりとしたテーブルと椅子がきたときにはガッカリしちゃったわけだよ。
栗田 あの黒いやつですか?
平川 うん。キャバクラ廃業したところから持ってきたんだけどさ。でも、最初にアーバンという会社を内田樹とやったときにも、やっぱり机と椅子は拾ってきたわけ。粗大ゴミになっていたやつだから全部麻雀の椅子でさ、机だけは二つあったのかな。やっぱりスタートってそういうふうがいいんだよね。
まあ、それがこの店の第一期だね。新しくつくるっていうのが、俺はものすごく好きなのよ。開店前の隣町珈琲に、夜中にずいぶん一人で遊びに行ってさ、自分で音楽かけて、「音楽かけるとこういう感じになるんだ、いいなあ」ってさ。とにかく汚くしたかった。
栗田 汚くしたいって、よく言いますよね。
平川 綺麗な喫茶店なんていくらでもあるじゃない、おしゃれな。今、取材で温泉に行ってるけど、綺麗な温泉なんて本当に面白くないのよ。そんなん、どこ行ったって一緒だから。だからボロ宿を探してる訳だよ。わざわざ。そういうところが栗田くんにはなくて、引き継げないのが痛いところなんだけどさ。
栗田 でもだんだんそうなってきてますよ。
―― 今回の本のあとがきにも、「豪奢よりは貧相を、壮大よりは矮小を、明よりは暗を好む」と書かれてますね。
平川 まださ、栗田くんは美意識が強いんだよ。今は「おれはこうしたい、ああしたい」っていうのがあるんだけど、そのうちにどうでも良くなる、いろんなものが。いずれは、栗田くんの代がこの店を引き継ぐことになる。そのまた次はまだ隣町珈琲を知らない世代が引き継ぐかもしれない。共有地だからさ、それをどこまで繋げられるかだね。
栗田 それ大事ですよね。
喫茶店の管理人になる
平川 ここ(現在の店舗)を見たときに、やっぱりちょっとピンと来たんだよね。でも一〇〇〇万くらいかかるとなって、金をどうするんだよと。で、詳しくは今回の本に書いたように、勧進という方法があるじゃないかと。
栗田 でも最初それやるよって言われたとき、意味わかんなくて。クラウドファンディングじゃダメなんですかって、何回も言いましたね。今の時代、見返りがないと顰蹙じゃないですかって。でも、「ダメなんだそれじゃ」「決めたから」って言われて、「ああそうですか」って。
平川 そうだよな。勧進をして、喜捨を受けたという時点で、もうこのお店は私物ではなくなったので。今形の上では、おれが店主だけどさ、これをやめることを考えてる。やめないと完成しないから。だけど、やめてこれ引き継ぐ人は、大変だよね。その思想を共有しないと引き継げない。でもこの時代だからさ、楽っちゃ楽ではあるんだよね。だってこれだけのものをゼロからつくろうと思ったら大変だもん。ただここを、このままうまくいかなくて「やめます」と言ったときに、やっぱり原状復帰するのに一〇〇〇万くらいかかる。
栗田 撤退するの大変ですよね。
平川 だからそのリスクは負うわけだよ。リスクだけ負って、リターンはない。リターンはこの社会にちょっといいことをしてるという自己満足感ぐらい。
栗田 まあ儲けはないですよね、ここでね。大金持ちになることはないでしょうね。
平川 栗田くんが上手くやって儲かったらいくらでも自分の私腹を肥やしていいんだよ。あ、でもダメだな。思想的にここはもはやおれたちのものではない。
栗田 でもそれ大事ですよね。やっぱりそこは共感します。
平川 それはすごい大事。だからまずおれがやめて、君たちがここの管理人になる。で、今度君たちの責務は次の世代を育てていくと。で、ぼくはお客として言いたいことだけ言って。
栗田 管理人って、いいですよね。
おまけ 栗田さんから見た平川先生のはなし
―― ずっと近くで仕事をされている栗田さんから見て、平川さんはどんな方ですか?
栗田 近すぎてよくわかんないとこあるんですけど、価値観がやっぱり明らかに一般の人と違うじゃないですか。だから、福祉の仕事やめちゃって、行く場所もないから隣町珈琲に通っていたころに、「いやあ、もうどうしたらいいかわかんない感じなんですよね」みたいなことを言ったら、「いいよ、そのまんまで」とか言うんですよ。「探しなよ」とか言うのが当たり前ですから、それはショックでしたね。
―― おお。
栗田 「仕事はあっちからくるから大丈夫だよ、待ってりゃいいから」って。絶対来ないだろって思ったんですけど。
―― 長期的に見れば隣町での仕事があっちからが来たってことですもんね。
栗田 そうそう。そういうのを、ぼそっと言うんですよ。会ったことのないタイプの人でしたね。僕の両親もサラリーマンだったし、周りもみんな雇われている人たちだから、自分でやってきた人独特の感覚というか。そういう人に出会ったことがあんまりなかったから。
本当に思い詰めて相談したときに、だいたい、「俺のほうがもっとすごかったから大丈夫」「そんなのは悩みじゃない」ってだいたい言われますね。
―― 切って捨てているのではなくて。
栗田 普通言えないですよね。そこはすごく救われます。「あ、たいしたことないんだ」って。自分としてはこの世の終わりかと思うような問題に、「たいしたことないんだそれは」「人間ってそういうもんだよね、そういう部分あるよね」って言いますよね。
(後編へつづく)
編集部からのお知らせ
平川克美×辻山良雄「小商いをはじめたら、共有地ができてしまった——喫茶店店主と書店店主が語る」アーカイブ動画を配信中です!
平川先生は、経営する会社を畳んで隣町珈琲店主に。辻山さんは、大手書店チェーンを退職して「Title」店主に。大きな組織やビジネスに関わったあとで個人のお店を開き、中心からすこし離れた場所に新しい「共有地」を作ってこられたお2人。『ちゃぶ台9』のテーマ「書店、再び共有地」を体現している店主同士に、それぞれの実践を語っていただきました。
・何が共有地を成り立たせるのか
・お客さんと自分の「間」で本を並べる
・共有地は目的がなくても行ける「something for nothing」の場所
などなど、”共有地”実践者ならではのお話が盛りだくさんの90分間です。