第35回
『モヤモヤの正体』刊行記念 尹雄大さんの正体(1)
2020.01.29更新
こんにちは。ミシマガ編集部です。
明日1月30日に、尹雄大さんによる『モヤモヤの正体――迷惑とワガママの呪いを解く』を刊行します。多くの人がわだかまりを感じるような出来事について、そのモヤモヤした気持ちの正体をていねいに探ります。はじめに言っておきますが、本の中に書かれていることは、わかりやすい問題解決のためのノウハウでもなければ、ある出来事を善し悪しでスパっと判断することもしていません。複雑なものは複雑なままに、白黒つけられないところにとどまる足腰の強さを手に入れるためのリハビリの一冊です。
『モヤモヤの正体――迷惑とワガママの呪いを解く』尹雄大(ミシマ社)
さて、今日の特集テーマはタイトルにもある通り、この本の著者である尹雄大さんについて。何度も何度も原稿のやりとりを重ね、ついに校了を迎えた日。担当編集Nは集中していた力が一気に抜け、ふと思ったことがありました。
「あれ、尹さんってどんな人・・・?」
ミシマガジンでの連載時から長らく原稿のやりとりをしていたにもかかわらず、尹さんのことを全然知らない・・・急にそんな気持ちになりました。これまでの端的なメールのやりとり、緻密な文体、冷静でシュッとした雰囲気・・・私のイメージはそれぐらいで、お会いしたことはあっても、そもそもインタビューを生業とすることになったのはどうしてなのだろう? そういう話をすることがこれまでなかったのです。
ということで、インタビュアー&ライターの尹さんにインタビューを挑むことにしました。張り詰めた緊張感を抱えながら迎えた当日。あまりにも予想外のエピソードが多く、爆笑しながらお話をうがかいました。尹さんのことをご存知の方も、はじめて知るという方も、尹さんの正体、お楽しみください。
(聞き手・構成:野崎敬乃、写真:岡田森)
思いがけず、パチンコ店で働くことに。
――今日は、尹さんがインタビュアー・ライターとして活動をされるに至る前のお話から伺いたいと思っています。
尹 僕は就職氷河期の第一世代なんですけど、大学を卒業して、唯一拾われたのが東京にある食品メーカーでした。そこには料理本などを出している出版事業部というものがあったんです。出版に興味があったので、配属されるかなと思ったけれど、レジャー事業部に配属されました。ボーリングやサウナ、パチンコ、ゲームセンターなどを扱っていて、僕はパチンコ部門に回されました。人事担当者に「なぜですか?」と理由を聞いたら、これからのパチンコアミューズメントというのは、マクドナルド並みの接客を目指したいと。そのためには哲学が必要だと言われて・・・。僕は哲学科出身だったんです。
――すごい理由ですね(笑)。
尹 それまでパチンコをしたこともありませんでした。実際、働いてみるとまず開店から閉店まで毎日来るお客さんがいたことにびっくりしました。ド派手なニットのセーターにスモークの濃度も濃いサングラスをかけた人とか、ずっとタバコを吸い続けて隣同士で喋ることと言えば、芸能とかギャンブルに関すること。とにかくこれまでの僕の人生で深く交わったことのない人たちでした。毎日足を運んでくる人たちのおかげで給料をもらっているわけです。その人の人生について何も知らないのに、あまり尊敬できなかった。
ある時、「大当たり中」に機械のトラブルで玉が出なくなったことがありました。そのお客さんに「どうなっているんだ」と言われて、対処しようとしたんですけど手のつけようがない。同僚に塩田くんというアルバイトの大学生がいたんですけど、その子に応援を頼んだら、彼は一旦電源を落としたんです。すると、お客さんが「おい!電源を落としたら今の大当たりはどうなるんだよ」って言った。すると、塩田くんがニヤっと笑いながら、「お客さん、俺らこれで飯食ってるんすよ」と言ったんですよ。彼がトラブルを直して、大当たりは続行です。その不敵な笑いと手際の良さに内心「プロだ」と思って、それに比べて自分と来たら何もできていない。次の日に辞職願いを書きました。3カ月の短い会社員生活でした。
――出版事業部への関心からは、予期せぬ展開ですね。
編集に興味がある、でも早めにつまずいた。
尹 パチンコ店を辞めたあと、編集の勉強をしようと思って、水道橋にあった日本エディタースクールの夜間コースに入りました。当時はまだコンピューターが導入されて間もない段階で、級数とか字送り、歯送りを計算してやるんですけど、それがまったくできない。
――そうなんですか。すごくきっちりやられそうなイメージがあるのに・・・。
尹 数字が苦手で、そういう事務的なことができないんです。うわこれはダメだ、自分には向いていないと思って2カ月位で辞めました。
――見切りが早いですね(笑)。
尹 そのうちにテレビ制作会社で働いている大学時代の先輩から「うちでバイトをしないか」と誘われ、そこでADとして働き始めました。
――一貫して出版とか編集とかテレビとか、メディアに興味がある感じがします。
尹 興味はあるんだけど、とにかく基本的なことができない。AD時代も本当にポンコツで、今だと何かの診断名が付けられると思います。収録の本番中にインカムを付けたままトイレ行くとかありえないでしょ? 上司に「何やってんだ」と聞かれても平然と「トイレに行きたかったんです」と言ってましたね。当時の僕を知っている人は、最近イベントで人前で話す姿を見て、「あんなにポンコツだった人が」って感慨深くて涙が出てくるらしいです。
会社の中でも「あいつ使えないしどうするんだ」という話になっていたそうです。でも社長にはなぜか気に入られていました。
――わかる気がします。
尹 赤坂に会社があったんですが、テレビ局も近いから接待があるんでしょう。時々、オフィスに電話がかかってきてお店に呼び出される。頼んだけれど手付かずの料理がたくさん並んでいるわけです。「ちゃんとご飯食べてないんだろう。食べなさい」と社長に言われて、そういう時はすでに食事は済ませて満腹でも、「いただきます」と言って詰め込んでました。自分にできることは、これくらいだなって思ってましたね。
――私の中の、シュッとした尹さん像がボロボロと崩れていっています。
尹 その会社はニュース番組の下請けもしていたので、企画書を作るために電話取材をしないといけない。僕の場合は、問答集を書くんです。「あのー、お忙しいところ失礼します」から始まって、相手がこういうことを言って、自分がこういうことを言って、ということを全部紙に書き出して、人に聞かれるのが嫌だから個室に入って電話して、もう最初から噛み噛みなんですけど、それで想定と違うことを相手に言われるとガチャっと切っちゃう。そういう感じだったんです。
――ちょっと、さすがに自分からかけて切るのはダメでしょう(笑)。
尹 本当にダメですよね。長いリハビリ期間を経て、今に至るわけです。
コミュニケーションもうまくいかない
尹 この頃、遠距離恋愛をしていたんですけど、コミュニケーション能力が低いという問題以前に、自分の態度が最低でした。うまくいかない自分の人生の八つ当たりをしていたんでしょう。
学生の頃は青春ノイローゼマックスで、「生きるとはなんぞや!」みたいな感じでした。人生を全然肯定できなくて、どうせ死ぬのになぜ生きるのか? という思いが極まって、インドにひとり旅に出かけました。当時からして悩んでインドに行くというのは、失笑を買うようなことではあったんですけれど。行ってみたら悩みとは別の珍道中になりまして、紛争に巻き込まれたり、身包み剥がされたり、入院したりといった体験をしました。
帰国してから憑き物が落ちたようになって、これからはもう生活を肯定したい。ラグジュアルな暮らしとは言わないけれど、「あれが可愛い」「これが美味しい」とか、あらゆることを受け入れて肯定するような生き方をしたい! と極端に反対側に振れたんです。そういう時期に出会った人だし、僕としても「もう、これからはそういう路線で行くので」と心に期したのです。ところが、そうは行かない。
――葛藤の様子が手に取るようにわかります。
尹 彼女の好きな世界を肯定できなくなった。彼女は僕を理解しようと努めたけれど、僕はそうではない。それどころか自分の心を開かない。感じていることを口にしない。自分でもおかしいと思いながら、どうすれば心を開いて、相手と繋がれるのかわからない。そんなものだから別れを突きつけられました。部屋にあった彼女の荷物を僕のいない時に引き取りに来たんですが、家に帰ったら、「報われませんでした」と書かれた大きな黄色いポストイットが貼られていました。
――「報われませんでした」ってすごい言葉(笑)。
尹 その言葉はすごく自分の中で課題として残って、それからまた別の方とお付き合いしてわかってきたのは、僕がそれまでやっていたのは感情の説明であって表現ではなかったんです。しかも、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、その4つが全部別々で、僕の世界観では接点がなかった。だから「悲しいから怒る」というのも人間にあり得ることすらわかっていなかった。「わかってもらえないから悲しい」まではわかる。だけど、その悲しみが怒りになるというメカニズムがあると知ったとき、「ユリイカ!」と叫びたくなってしまいました。だから、「え、みんなこんな複雑なことをやっているんですか?」と彼女に聞いたら、「生まれたてか!」と言われました。僕にとってはアルキメデス級の大発見だったんです。
――「生まれたてか」って、言うことも言われることもあんまりないですよね(笑)。
*
コミュニケーションが苦手。できないことが山積み。こんなにも「ポンコツ」な尹さんが、どんな経緯でインタビューやライティングの仕事をするようになったのか? そして新刊『モヤモヤの正体』を書くことになったきっかけとは? 後編につづきます。
編集部からのお知らせ
『モヤモヤの正体』刊行記念イベント情報@京都
『モヤモヤの正体――迷惑とワガママの呪いを解く』(ミシマ社)の刊行を記念して、著者の尹雄大さんによるトークイベントをおこないます。
世の中を席巻する「なんだかなぁ」という光景や感情、言葉。違和感を覚えても、周囲の目を気にしてか、つい自分の言葉をのみ込んでしまうことがあります。
こうしたモヤモヤに焦点を当てて、子育て、コミュニケーション、仕事、感情、教育、笑い、社会、他者の視線の観点からその正体を丁寧にひもとく本書には、社会の複雑さはそのままに、自分と他者との関係に折り合いをつけて生きるヒントがつまっています。
イベントでは、著者の尹雄大さんに、本を書きながら考えたこと、いまの社会の空気に感じる違和感、自分自身の保ちかたなどをテーマに、担当編集・野崎と恵文社一乗寺店・鎌田が、一読者として聞きたいことをずばずば聞いてみたいと思います。
モヤモヤを言いたい、モヤモヤを聞きたい、という方、ぜひお誘い合わせのうえご参加ください。
「教えて、尹さん! 」
『モヤモヤの正体――迷惑とワガママの呪いを解く』 刊行記念トークイベント
■日程:2020年3月13日(金)19:00~(開場18:30~)
■会場:恵文社一乗寺店 コテージ
■定員:30名様
■入場料:1,000円(税込)
■お申し込み方法
[1] ミシマ社にてメール予約。( event@mishimasha.com )
件名を「0313イベント」とし、「お名前」「ご職業・年齢」「お電話番号」をご記入のうえ、お送りください。
[2] ミシマ社京都オフィスにて電話予約。(TEL:075-746-3438)
[3] 恵文社一乗寺店店頭または電話で予約。(TEL:075-711-5919)