第80回
『くらしのアナキズム』(松村圭一郎 著)「はじめに」を公開!
2021.09.16更新
こんにちは。ミシマガ編集部です。
今月、文化人類学者の松村圭一郎さんによる、著書『くらしのアナキズム』を刊行します。ミシマ社からは、『うしろめたさの人類学』以来、4年ぶりとなる松村さんの新刊です。
「国ってなんのためにあるのか? ほんとうに必要なのか」
この問いを出発点に、だれもがとらわれている前提を問いなおし、ふつうの生活者が持っている、埋もれた潜在力をほりおこす。自分たちの生活を、自分たちの手で立て直していくための知見が詰まった一冊です。
本日は、9月24日(金)のリアル書店先行発売に先立ち、『くらしのアナキズム』より「はじめに」を公開いたします。刊行記念イベントも予定しておりますので、ぜひご注目ください。
はじめに 国家と出会う
国ってなんのためにあるのか? ほんとうに必要なのか。
「国家」について意識しはじめたのは、二十二歳で訪れたエチオピア西南部のコンバ村でのことだ。当時六十代半ばだった農民男性、アッバ・オリの家に
アッバ・オリは、イタリアの占領統治がはじまる一九三六年にコンバ村で生まれた。父親から昔の話を聞いて育ち、自身も激動の時代を生きてきた。彼の人生の歩みは、日本でぬくぬくと育った私には想像もつかない話ばかりだった。まるで歴史の教科書にでてくる数百年の変動をぎゅっと数十年に凝縮したかのようだ。
コーヒー栽培がさかんなコンバ村は、かつてゴンマ王国というムスリム小国家のはずれに位置していた。十九世紀末、そのゴンマ王国は北から支配地域をひろげてきたエチオピア帝国に征服される。一九四一年にイタリアの植民地統治が終わると、イギリスに亡命していたハイレ=セラシエ一世が帰国し、エチオピア帝国が復活した。
一九七四年、軍部によるクーデターが起き、ハイレ=セラシエは幽閉後に殺害される。皇帝を頂点とする
アッバ・オリたちは、その間ずっと森を
一九五〇年代にはその貴族の孫がやってきた。森の土地を近代的なコーヒー・プランテーションにする計画だった。アッバ・オリたちはまたも立ち退きを迫られた。デルグ時代には急進的な土地改革が行われた。森の土地はすべて国が接収して国営農園にされた。アッバ・オリも土地を失い、農園労働者として働きはじめた。
国がなにかしてくれたことなどない。デルグ時代の内戦では長男を徴兵され、亡くした。年齢を
アッバ・オリたちはいまも畑を耕し、庭に野菜や果樹を植え、鶏や家畜を育てながら生活している。泉で水を
けんかやもめごとも、
国ってなんのためにあるのか? ほんとうに必要なのか。アッバ・オリの話を聞き、その暮らしを知って以来、その問いがずっとくすぶりつづけてきた。そんなことは日本だけで生活していたら、思いもつかなかっただろう。
本書では、人類学の視点から国家について考える。そこで手がかりにするのが、国家なき状態を目指したアナキズムだ。ぼくらがいまどんな世界を生きているのか、それを根底から問いなおす試みでもある。
アナキズムについて書かれた本には、ふつう歴史上の著名なアナキストたちが登場する。たいていは投獄や亡命の経歴をもつ名うての革命家たちばかりだ。本書では、そうした正統派のアナキストにはふれていない。人類学の視点からアナキズムをとらえると、近代の革命を目指した運動や思想におさまらなくなる。人類は、歴史の大部分において、国家的なものに
いろんな時代の世界のさまざまな場で、名もなき人びとが国家や支配権力と向きあい、自分たちの暮らしを守ってきた。本書では、そんな無名のアナキストたちの営みを人類学の視点からすくいとっていこうと思う。「くらしのアナキズム」というタイトルには、そんな思いをこめた。
人類学の研究がアナキズムと結びついていると気づかせてくれたのが、二〇二〇年九月に
グレーバーがその源流とするのが、フランスの人類学者マルセル・モースだ。モースは『贈与論』で「未開社会」の経済が物々交換の世界ではなく、贈与交換によって成り立っていたことをあきらかにした。この贈り物の交換には潜在的な敵対関係を協調と連帯におきかえる力がある。それは国家の強制力にたよらず、自分たちの手で平和と秩序を生みだしてきたことを意味した。
前著『うしろめたさの人類学』でも、最初にモースの『贈与論』にふれた。モースの描く世界になぜ
『贈与論』が発表されて百年近くがたつ。この二十一世紀の現在、アナキズムにどんな意義があるのか。モースが生きた十九世紀末から二十世紀前半は国家権力が社会の
二十一世紀のアナキストは政府の転覆を
「
だから、この本で考える「アナキズム」は達成すべき
どんな思想も「
だれもがとらわれている前提を問いなおし、自分たちの生活のなかの埋もれた潜在力をほりおこす。それが「くらしのアナキズム」の目指す地平である。
松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)
1975年熊本生まれ。岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。所有と分配、海外出稼ぎ、市場と国家の関係などについて研究。著書に『うしろめたさの人類学』(ミシマ社、第72回毎日出版文化賞特別賞)、『はみだしの人類学』(NHK出版)、『これからの大学』(春秋社)など、共編著に『文化人類学の思考法』(世界思想社)、『働くことの人類学』(黒鳥社)。
くらしのアナキズム
松村圭一郎(著)
1,800円+税
判型:四六判並製
頁数:240ページ
装丁:尾原史和(BOOTLEG)
発刊:2021年9月29日(リアル書店は9月24日より先行発売)
ISBN:978-4-909394-57-6 C0095
目次
はじめに 国家と出会う
第一章 人類学とアナキズム
第二章 生活者のアナキズム
第三章 「国家なき社会」の政治リーダー
第四章 市場(いちば)のアナキズム
第五章 アナキストの民主主義論
第六章 自立と共生のメソッド――暮らしに政治と経済をとりもどす
おわりに