丹野杏香さんインタビュー「静かで動的な『形』を探して」(前編)丹野杏香さんインタビュー「静かで動的な『形』を探して」(前編)

第89回

丹野杏香さんインタビュー「静かで動的な『形』を探して」(前編)

2021.12.21更新

 10月刊の中島岳志さん著『思いがけず利他』は、おかげさまで多くの方に手に取っていただき、今年最も注目を集めた人文書のひとつとなりました! 本書は、内容はもちろんのこと、装画についても大きな反響をいただいています。書店でパッと目を引く素晴らしい絵を描いてくださったのは、イラストレーターの丹野杏香たんのきょうかさんです。
 丹野さんの描くものは、働く人や生活の道具といった具体的な暮らしの一風景から、植物と動物が絡み合う文様のような絵までさまざまです。どれにおいても、人の身振りや物の佇まいが魅力的な構図で切りとられ、人間の営みとそれを取り巻く自然から漂う力を感じずにはいられません。しかも、土の匂いが立つようなざらっとした手触りがあるのに、無国籍的でスタイリッシュな雰囲気も持ちあわせている。こんな表現はどこから湧いてくるのだろう? 初めて絵を見たときから、私(編集チーム新人・角)は一気に引き込まれました。
 丹野さんは、日頃、人間や生き物にどのような視線を向け、また、どんな本やアートから影響を受けているのでしょうか。『思いがけず利他』の装画に込めてくださった思いや、画法の秘密は? お話をたっぷり伺いました!

(取材・構成 角 智春)

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『思いがけず利他』

人間の暮らしぶり、淡々としたなかに宿る揺らぎや熱を描きたい

――丹野さんの作品をはじめて拝見したとき、まず、人間の絵に引き込まれました。ものを運ぶ、網で魚を獲る、濡れた髪を絞るといった身振りや姿勢の切り取り方がとても魅力的です。一つひとつの構図がすごくキマっているのに、生活する人の息づかいが伝わってくるような生々しい手触りもあります。描くモチーフはどんなふうに選ばれているのですか。

丹野 昔から、風景よりも生き物や人を描くことが好きです。その土地に住んでいる人の暮らしぶりが気になりますね。どういう服を着て、どういうときに笑って、どんな仕草をするのかを知りたいんです。よく、絵の印象からか「怖そうな人だと思ってました」などと言われるのですが、実際に会うと想像していたイメージと違うようでよく驚かれます。
 写真集を眺めるのも好きで、たとえば昔の海女さんの写真を見ながら、ああ、こういうふうに魚を獲っていたのかと思いを馳せたりしています。

漁などの暮らし01.jpg

以下、イラストは全て丹野杏香さん作

漁などの暮らし03.jpg

――こういう絵は、日ごろから自然に近い暮らしをされていないと描けないのではないかと思います。

丹野 よく、地方出身なんですかとか、家族が農業をやっているのですかと訊かれるのですが、 私は東京生まれ東京育ちなんです。母は国分寺市の市民農園を間借りして小さな畑をやっていますが、私自身が本格的に農業をやったことはありません。ただ、自然と関わりながら、自分で食べるものを自分で作って暮らすことには惹かれますね。そういう生活に漠然と憧れて、なんとなく調べたり、写真を眺めたりしてきました。
 たとえば、『写真ものがたり 昭和の暮らし』シリーズはとても好きで、漁村の人びとが鯨を捕まえて解体している様子とか、当時どういう道具を使っていたのかがよくわかります。世界のお祭りや衣装に興味があって、シャルル・フレジェさんの『YOKAI NO SHIMA』(青幻舎)や、少数民族の人びとの写真集『BEFORE THEY PASS AWAY――彼らがいなくなる前に』(ジミー・ネルソン著、パイインターナショナル)も時折眺めたりしています。写っている人の表情や眼差しに惹かれるんです。にこっと笑ったりしないんですけれど、それがかっこいい。
 目の奥にある光というか、そこに暮らす人たちの誇りみたいなものを写真から感じるときがあります。こういうものは、自分の絵のエッセンスになっている気がします。静と動が混ざり合っているさまというか、淡々としたなかにある揺らぎや熱を表現できたらと思っています。

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ふくみをもたせた目

――丹野さんが描かれる人間は、肉体に力強さがある一方で、目はすごく静かですよね。

丹野 顔の中で目は一番印象に残りやすい部分かなと考えていて、能の面が角度によって表情のニュアンスを変えるように、ふくみを持った目を描きたいと思っています。
 分かりづらいのですが、単純化すると、数字の「2」が横に3つ連なっているようなかたちを瞳として描いています。そうすることによってなんとなく、笑っているようにも、泣いているようにも、ぼんやりしているようにもみえる気がしています。・・・とはいえ最初から意識的にそうしようとして描いたわけではなく、自然とそういう形になっていったんですけれど。

――先に手が動いて、あとから考えてみたらそういうことだったと。すごいですね! 『思いがけず利他』の装画の目もよく見るとそうなっています。

丹野 描き方にもよりますが、黒目を描くと瞳の方向が定まりますよね。だけど、焦点が定まっていない感じにすれば、どこを見ているのかわからない不思議さや「なんか気になる感じ」を、見る人に与えられる気がします。

テクスチャーは洗濯バサミで

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――絵は版画のように見えますが、何で描いていらっしゃるんですか?

丹野 すべて筆とつけペンで描いています。下書きを描き、つけペン(ペン先にインクをつけて使うペン)で版画のようなカクカクとした感じに縁取ふちどって、あとは筆で塗っていくというやり方です。線がかすれているようなテクスチャーは、木材などを使って描いています。道端に落ちている木片とか、海岸にある貝の破片とかを拾ってきて、インクをつけて紙に押してみて、使えそうなものをストックしているんです。
『思いがけず利他』装画の人の頭は、木製の洗濯バサミの先端に白いインクをつけて描きました。木はもともと版画に使うものですし、インクがよく染み込むので、雰囲気が出ますね。

――へえ~! このいい感じの模様は、洗濯バサミで作られていたのですね!
 丹野さんの絵には、輪郭がシャープで幾何学模様のように整然としたものもたくさんありますが、これはPCで加工されているのでしょうか?

丹野 全部手書きでやっていて、PCで整えることは少しぐらいです。シャープな線だけど、近くで見ると手で描いているとわかるような揺らぎがあります。出したい線の印象にあわせてインクを使い分けていますね。たとえば、墨汁を使うとシャープで綺麗な線が引けるのですが、塗った面に独特のテカリが出ます。アクリル絵の具を使うと、線には少しもったり感が出ますが、面の部分は均一で綺麗な黒になります。どのように見せたいかに応じて画材を決めています。

後編に続く

*後編では、いよいよ『思いがけず利他』装画に込められた思いや、丹野さんが創作活動においてとても大切にされている「形を探すこと」に迫ります!


丹野杏香(たんの・きょうか)
1994年生まれ。2017年に東洋美術学校卒業。その後フリーランスのイラストレーターとして活動を始める。『思いがけず利他』(ミシマ社)、『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社)、『しゃにむに写真家』(亜紀書房)などの装画、また、『Kotoba 2021年冬号』(集英社)、『NHKラジオ Enjoy Simple English』(NHK出版)、『別冊太陽 京都が京都である理由。』(平凡社)のイラストなどを手掛ける。国分寺在住で、同市の新しいまちかど新聞『こくセージ』のビジュアルを担当。

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第1回 小田嶋 隆×仲野 徹 「依存」はすぐとなりに(1) ミシマガ編集部
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