クモのイト 刊行記念特集(1) 中田兼介先生インタビュー

第26回

クモのイト 刊行記念特集(1) 中田兼介先生インタビュー

2019.09.17更新

 来週木曜日、9月26日に、ミシマ社の新刊『クモのイト』が発刊されます。

kumoshoei.jpg『クモのイト』中田兼介(ミシマ社)

 身近だけど、意外と知らないクモ。

・網は毎日張り直している
・クモは自分で張った糸を食べてリサイクルする
・メスに食べられないようにプレゼントを渡すオスがいる
...etc

 そんな知られざるクモの魅力が詰まった『クモのイト』。
(ご予約はこちらから!

 刊行記念特集の第一弾は、著者中田兼介先生のインタビューです。
 中田先生の遍歴、そして知られざる「クモ研究者」の世界について伺いました。
(中田先生が、みなさまから寄せられたクモについての質問に答える連載、「クモ博士に聞いてみよう!」はこちらからどうぞ!!

アリからクモへ

ーー 今日は最初に、そもそも中田先生はなぜクモを研究されているのか、お伺いできたらと思います。最初の研究対象はクモではなかったんですよね。

中田 そうなんです。元々はアリを研究していました。

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中田兼介(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。こっそりと薪ストーバー。

ーー 研究者は、どうやって「この虫を研究しよう!」と決めるのですか?

中田 僕の入った研究室では、一人一人自分の好きな動物を研究対象にしていました。このやりかたは「子どものころからずっとこの虫のマニアです」、という人にはよいのですが、僕はそういうタイプではなかったので、好きなことやれと言われても、困ってしまったわけです。そんなときに教官から「なにを研究すんねん」と聞かれて、ポロっと「アリ」って苦し紛れに言っちゃって、それでアリの研究をしていました。

ーー 元々は苦し紛れだったんですか(笑)。

中田 われながらいいかげんですよね。反省してます。で、そのころは沖縄にいる変わったアリを研究してたので、ちょくちょく飛行機に乗って捕まえに行っていました。土を掘り返すのですが、巣を掘り当てると、小さい巣なら50匹くらい、大きい巣だと300匹ぐらいのアリがうわーっと溢れ出します。それをハンディー型の掃除機で吸い上げるんです。このアリが、ハリアリっていうタイプのアリで、お尻のハリで刺してくるんですよ。結構痛くって。掃除機で吸ってると土を吸い込んで詰まったりするじゃないですか。そうすると手づかみになるんですけど、刺されて、ぎゃー、みたいな。
 そうして捕まえた1匹1匹にラッカーで印をつけて見分けられるようにしてから観察します。そのアリたちが巣の中でどういう仕事をしているのか、1匹1匹の一生を追いかけて観察するんです。

ーー  うわあ、大変ですね。アリの研究は何年ぐらいされていたのですか?

中田 博士号を取るまでの22歳から27歳までの5年間とその後数年がメインでした。そのあとクモの研究を始めたのですが、それと平行してらさらに数年ほどしょぼしょぼ続けていました。全部で10年ちょっとでした。

ーー  どうしてアリの研究はそれで終わりにしたのですか?

中田 こんなこと言うと怒られるんですけど・・・飽きました。

ーー  わかりやすい理由ですね(笑)。

中田 同じこと続けてると人間飽きるんですよ(笑)。そうなると「一生こんなチミチミした研究を続けていいのだろうか?」ということを考え出したりして。
 あと、アリって集団で暮らしていますよね。集団としてはとても面白いことができるんですけど、一匹一匹はあんまり賢くないように当時は見えたんです。僕が動物行動学という学問を研究している芯にある動機は、動物が何を考えたり思ったりしているのかを知りたい!ということなのですけど、アリはそのへんが弱くて適当に行動しているように見えました。それでなんか「食い足りなさ」があったというか。というわけで、新しいことなんかないかなあ、とブラブラしているときに、大学の植物園を散歩していたら、かわいらしいクモと出会った。それがクモの研究を始めるきっかけでした。

ーー  そこからどっぷりとクモを研究されて、何年ぐらいになりますか?

中田 もう20年以上になりますね。

中田先生による世界初の発見!?

ーー クモの研究は、なぜ飽きずに20年続けられているのですか?

中田 1つは、クモが身近にいたからですね。先ほども言いましたけど、アリを研究していた頃は、たまたま研究対象が特殊なアリだったので、採集するために沖縄まで行かなければいけなかった。手間ですよね。飼うのも手間で、こうなると、新しいけど海のものとも山のものともつかないアイデアでさっと研究するのがやりにくくなるんです。でも身近にふんだんにいるクモを研究しはじめると、思いついた研究をすぐに実行できる。それがハマった原因です。アリでも身近な種類はたくさんいるので、そっちを研究対象にしていたら、僕の研究人生もまた違っていたかもしれませんね。

ーー 20年クモを研究しているなかで、研究テーマは変わったりするものですか?

中田 僕は飽き性なので、変わりますね。それに、僕は勤務先の大学を2度変えていて、今のところは3つめの勤め先です。で、勤め先の環境によっても良いテーマが違ってくるんです。最初に勤めたのは長崎の大学で、身近に自然が豊かにあって、いろんな種類のクモを同時に見ることができるので、野外で幅広く種類の違いを比べるような研究をしていました。東京の大学にいたころは、自然との距離が長崎ほどには近くなかったので、飼育して張らせたクモの網を細かく観察したりしていました。

ーー  なるほど。今はどういう研究をされているのですか?

中田 今は繁殖行動の研究をしています。

ーー ああ、『クモのイト』にも出てきますね。

中田 ギンメッキゴミグモというのがいるんですけど、交尾した後オスがメスの交尾器を破壊して、他のオスと交尾できないようにするんですよ。他の動物では見られない行動で、これは世界で初めての発見だと思いました。で、もうウキウキして研究を進めて、論文を書いたんです。ですが、いろいろ障害があって、なかなか発表までこぎ着けられなかったんですね。そうこうしているうちに、なんと、ある日突然ドイツの研究者がほぼ同じ内容の論文を発表したんですよ。日本とドイツでまったく偶然に同じことを発見してたんですね。生き馬の目を抜く遺伝子研究とかならともかく、のどかな動物行動学の世界でこんなことがあるなんて、ほんとうにビックリしました。というわけで、世界初の夢ははかなく消えて、僕は世界2位になってしまいました。

ーー  あああ・・・。

中田 でも、そのドイツの研究者はクモから魚の研究に移っていったらしいので、このテーマを研究しているのは今は僕だけみたいです(笑)。

ーー 中田先生は庭でクモを飼っていると聞きましたが、何匹ぐらい飼っているんですか。

中田 10匹ぐらいですかね。それ以上飼うと、お互いのクモが干渉しあって、どこかに行ってしまうんです。

ーー  そして、クモを飼っている故に、ご家族も自由にお庭を使いづらいという話も聞きました。

中田 そうそう、網を壊されちゃうもので。「ダメダメ、この時期は庭出るの禁止」とか言ったりして、いやがられています。

ーー(笑) 

心ある存在としてクモを見てみる

ーー 人気のある虫、例えばカブトムシは、研究のテーマにも選ばれやすいですか?

中田 いや、そうとも限らないですね。大学院生がこれから研究テーマを選ぶという時に、人気のある動物が研究対象に向いているというわけじゃないんです。。

ーー  えー、そうなんですか?

中田 そういういわばポピュラーな動物は、すでにいろいろ研究されていて謎が少ないので、新しいことをしようと思うと一ひねり必要になります。そうしないと参入が難しい。研究業界にも競争があって、インパクトのある研究をして競争力をつけないといけないのです。で、これまで知られていないことを見つけるとインパクトが大きくなります。ですので、業界で生き残るための戦略としては、「どの生き物が生態系の中で重要か」という軸と、「研究者の少なさ」という軸の2つを考えると良いと思うんです。じゃあどういう生きものがそれに当てはまるかというと、業界をウォッチしているとわかってきます。クモは、生態系の中で重要なわりに、研究者が少ない。せちがらい話ですけど、僕がクモの研究を始めたのには、そういう計算もありました。

ーー 日本にクモの研究者は何人ぐらいいらっしゃいますか?

中田 数えかたにもよりますが、クモを研究してお給料もらっている人は、日本にいるパンダの数よりは多い、けどコアラよりは少ない。この言い方をよくするんですけど(笑)。

ーー(笑)

中田 日本にはコアラが40頭程度います。パンダは10頭程度だと思うんですけど、クモ研究で食っている人の数はそれよりは多いです。でも、大学でクモを研究している研究者は10人いるかいないかというところです。
 あとは、博物館や農業試験場、農林水産省系の研究所で研究している人もいます。人工クモ糸合成の会社に勤めている人も。あっ、あとは殺虫剤のメーカーとか。

ーー  そういう道もあるんですね(笑)。最後にクモを20年間研究してきた中田先生の、現時点で一番お気に入りのクモを教えてください。

中田 ギンメッキゴミグモです(即答)。さっきも交尾器の話で出てきましたが、とにかく変なんですよ。引越ししたときに、新しい環境がどんなところか試すため、一度は小さな網をお試しで作ってから大きい網に張り直したり、天敵がいる思うと網の形を変化させたり、ありとあらゆる変なことをするんですよ。おもしろいです。

ーー 先ほど、「動物行動学を研究しているのは、虫たちが何を考えているのか知りたいからだ」とおっしゃっていましたが、虫も私たちのように考えたり、何かを思ったりしているのではないかと、クモたちを研究していて感じられることはありますか? 

中田 動物行動学の世界では、対象のことを「考える」とか「思う」とか擬人的に見るというのには慎重になるべきだ、という考え方があります。『クモのイト』はそんな堅苦しいことは言わずに書きましたけど(笑)。クモたちが本当に何も考えてないかどうかは、わかりませんし。学習もするし、例えばハエトリグモの中には将来の見通しを立てて行動できると言われているクモもいますから。というわけで、僕自身はクモを心ある存在であるという前提で見ようというスタンスを持っていて、そう思うからこそ見つけられることもあるんだと思ってます。

ーー  中田先生、ありがとうございました!

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