第61回
映画『すばらしき世界』公開記念・西川美和監督インタビュー(1)
2021.02.10更新
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
明日2月11日(木)、映画『すばらしき世界』が全国で公開となります。
佐木隆三の長編小説『身分帳』を原案とした本作、4年ほど前に企画が立ち上がった当初、ひょんなご縁からミシマ社も取材などに協力させていただきました。
『身分帳』は企画当初の時点で発刊から26年が経ち絶版(昨年7月に講談社文庫で復刊)となっており、著者の佐木隆三さんもすでに亡くなられていました。ほとんど人の目に触れる機会がなくなっていたこの作品が、西川監督の膨大で綿密な取材を経て、現代の時代設定に変えて脚本が書かれ、役者の方たちによって演じられることで、新たな命を得ていく過程は、本をつくる仕事に携わる者として、心震えるものでした。
公開にあたり、西川監督にうかがった『すばらしき世界』制作秘話を、2日間にわたり掲載します。とにかくぜひぜひぜひ、劇場に足を運んで観ていただきたいです。
(聞き手・構成:星野友里)
小説を2時間の映画にするのは分が悪い
―― 2016年10月に『永い言い訳』が公開されたころにお話ししたときは、「もう全部出し切って、次回作の構想が一切ない」と仰っていて。
西川 ああわかる、今の私ですね(笑)
ーー 原作があるものを映画化してみたいという思いはもともとあったのでしょうか?
西川 本当に若い頃、まだデビュー作を撮る前は、いい原作があればそれを元にということも考えていたんですけど、その当時は海外の小説を漁っていたかな。だけどなによりまず自分の企画を書かなきゃということからオリジナルで映画をつくるということをずっと続けてきて、逆に人の原作を探る余裕もなく、十数年が過ぎてしまったというところですかね。
途中で映画会社から、たくさん売れている小説を原作にどうですか、というお話がないわけではなかったんですけど、やっぱり自分のオリジナルって自分の内側から出てきたものなので、枝葉末節にいたるまで全部自分が把握して、もちろん自分のハートもつかんでいるもので。それに比べますと人が書いた小説を自分の中に落とし込むというのは、ものすごい距離から始めるわけですから、なんでもできるわけじゃないと。
―― そうですよね。
西川 ましてやその小説が優れていればいるほど、2時間で描く映画としては分が悪い。散々苦労して映画にした挙句、「小説はよかったけど映画はいまいち」なんて言われるのはごめんだねと思って(笑)、企画をお断りしたりもして今に至るという感じなんです。
それが、今回原案になった『身分帳』は、ほんとうにストライクゾーンのど真ん中に差し込んできた小説だったんですよね。
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
私の中には山川(主人公)が棲んでいる
―― 世の中に何万とある小説のなかで、なぜ『身分帳』だったのかというところなのですが、以前にお話ししていたときに、「最近やっと、世の中で犯罪と呼ばれるものを自分は犯さずに生きていけるかもしれないと思えるようになった」と仰っていたのが印象的で。
西川 すごいこと言ってるな、私(笑)
―― そう考えると、これまでも『蛇イチゴ』や『ゆれる』をはじめ、犯罪・罪というものを描かれてきているなと。そして『身分帳』の主人公は、人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯で。
西川 たぶん私の中には多かれ少なかれ、山川(主人公)が棲んでいるんですよ(笑)。だからすごく気持がわかるんですよね、あの人。でも役所広司さんは「なんか好きになれない」って仰っていてけっこうショックだったんですけど(笑)。
――(笑)
西川 私の中にあの山川という男の屈託とか、ズレたところとか、世の中の理不尽とか力を持っている人に対して反射的につっかかっていくような気持ちというのが確実に奥底に棲んでいるんですよね。それを押し殺して、それを出してしまったら山川みたいになっちゃうから(笑)、だから、そうしないために、私はフィクションをつくって、自分の中の山川を映画とかに形を変えてガス抜きさせてきたんだと思うんです。まあ犯罪というのは極端な比喩かもしれませんけど、わからなくはないなぁというところはやっぱりあると思います。
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
事実を元にした物語の説得力を体感する取材
―― 今回、原作はノンフィクションに近い小説で、主人公にはモデルになった実在の人物がいて、その足跡を探すような取材もされました。その点、これまでの映画づくりと比べてどんな違いがありましたか?
西川 いやあ、すっごい新鮮でしたね、やっぱり。佐木さんが亡くなっていたこともあって、身よりもいなかった主人公のバックグラウンドを少ないツテを探って掘り出す行程はほぼ探偵。「あの関係者が見つかりました!」みたいなやりとりをしてましたよね(笑)。
―― おもしろかったですね。
西川 この作業って意味あるのかな? というような取材もすごく繰り返していたと思うんですけど、そうやって佐木さんが辿ったものとか、佐木さんが見た風景をしっかり自分がなぞることで、初めて物語を自分のものに、オリジナルとほぼ変わらない距離感に近づけていけている感じがあったんですよね。
―― なるほど。
西川 佐木さんがあれだけ調べ尽くして書いた人だから、調べれば調べるほど、たんなる創作ではないな、全部裏があるんだなということもわかってくるんですよね。あれだけちゃんと調べた人のものを扱うんだったら、自分も少なくともその6割7割くらいは現実に忠実に、きちんと裏をとりながらつくらないと、それこそ、なんてことをしてくれるんだと佐木さんを失望させてしまうなというのもあって。
実在した人のリアリティという意味では、話に信頼感、安心感があって、出てくる事実を生かした部分もありますしね。
―― 完全に創作するときの、「本当にこんな人いるのかな」という不安が逆にないという。
西川 そうですね。庄司弁護士(出所してきた主人公の身元引受人となる人物)の奥様に会いにうかがったときも、なるほど、という感じがありましたよね。身元引受人を買って出る人の妻というのは、こういう気っ風の方なんだとかね。そういうものに触れながら事実を元にしたものの説得力は感じていったし、なるべく、もちろん映画だから噓なんだけど、噓のにおいのしないものに仕立てていくための自主トレ期間だったのかなと思います。
濃厚すぎて言葉もなかった取材の日々
―― その後は、今現在、出所した方たちがどのような生活を送っているのか、実際に出所した方や、出所した方を採用している経営者の方々の取材も重ねられました。
西川 一日取材が終わるとグッタリしてましたよね。一日が濃厚すぎて言葉もないという感じでしたね、日々。
―― 強烈な取材が多すぎて、取材旅行先のホテルで金縛りにあったりもしました(笑)
西川 そして会う人会う人すべての人たちの中に、山川を見出すんですよね。そういう過去がある人も、そういう人たちを受け入れて社会復帰を手伝っている人たちもまた、山川的というか。直情的で思ったことはすぐにやってしまうような方もたくさんいて。
―― そうでしたね。
西川 あとは総じてみなさん、よく話してくださいましたよね。すっごく話がおもしろいし。起こした事件の話をしてもらうと、時系列もきっちりしていて、完全に一つの物語として仕上がってるんですよね。それはたぶん何度も警察や検察で供述させられて、自分の経歴の語り部になっているところがあるのかもしれない。でもそのほかのバックグラウンドとか、社会に出てからの実感について聞いたりしたときも、「なんでそんなことを訊くの」と拒絶する感じではなくて、「よくぞ訊いてくれた」という感じで、いろいろ話してくださいましたよね。
―― たしかに。
西川 それを聞いているうちに、話す機会がなかったのかもしれないな、とも思ったんです。こういうことって訊きづらいから、案外、人はど真ん中はついてこないし、だけど自分のうちだけに閉じ込めていた想いもあったのかもしれないなと思って。つらい生い立ちや家庭のことも含めて、開放されたようにいろいろな方が話してくださるのが印象的でしたね。
彼らが生きてきた中で感じてきた言葉には、納得させられるものもたくさんありました。「初めて自分が認められ、居場所と思えた仲間や生き方を、誰かに無理やり引き剥がされるのは嫌だった。それが自分にとっては暴走族や、暴力団という場所だった」というような言葉も聞きましたね。「西川さんだって、映画なんかバカなことやるな。スタッフとも金輪際連絡を取るな、と言われたら、反発しませんか?」と逆に切り返されて、そりゃそうだ、と心底うなずいてしまった。
―― ある方の取材を終えたときに、「(取材対象の方が)すごい回数水を飲んでたね。映画に使えるかもしれない」と西川さんが仰っていたことも印象に残りました。取材のとき、話の内容以外もよく見ていらっしゃるんですね。
西川 本当の理想の映画の取材というのは、インタビューじゃなくて、観察なんですよね。だから誰かが聞いてくれるのを、じーっと見ているのが、一番映画のためになる取材方法なんですけど。まあでも今回は、なかなかお目にかかれない方に、まずは心を開いて、聞きづらいことを聞いていろいろ話していただくことが目的だったので、どうやったら信用してもらえるかなと思いながら、一人一人にお会いしてましたね。
みなさんが自分の過去を嬉々としてお話くださったというのは、映画の中でも、役所さんがすごく得意気に自分のかつての犯罪を話すというところで再現してくださっていますね。
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
映画「すばらしき世界」
2021年2月11日(木・祝)全国公開
キャスト: 役所広司 仲野太賀 橋爪功 梶芽衣子 六角精児 北村有起哉 長澤まさみ
脚本・監督:西川美和
原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
配給:ワーナー・ブラザース映画