縁食から世界を変える(1)

第58回

縁食から世界を変える(1)

2020.12.17更新

 お金の「円」ではなく、人と人、また人間以外のものとの「縁」をベースに「食」を考えなおした、藤原辰史さんの新刊『縁食論』。「縁食」のようなしなやかなつながりが、コロナ後の社会の鍵となる、とすでに多くの反響をいただいています。
 そんな本書の発刊を記念して、『うしろめたさの人類学』の著者である文化人類学者の松村圭一郎さんとの対談イベントをMSLive!で開催しました。
 松村さんが投げかける問いから、とてつもないスピード感でおふたりの思考が深まっていき、「縁食論のその後」のようなお話にまで議論が及びました。その模様を、本日と明日の2日間にわたってお伝えします。

構成:田渕洋二郎

縁食論_書影(帯なし).jpg『縁食論』藤原辰史(ミシマ社)

社会の歪みが家族に丸投げされている

松村 今日はよろしくお願いします。この『縁食論』を手に取って読み始めると、最初のほうで私の名前が2箇所くらい出てきて、読み終わると『うしろめたさの人類学』の広告がばーんとあってもう「松村、出てこい!」と呼びかけられている感じがしました(笑)。

藤原 明らかにそうですね(笑)。

松村 今回は『縁食論』の徹底解剖ということで、私がポイントだと思った部分やもう少し掘り下げたいところをぶつけながら話を聞けたらなと思っております。

藤原 よろしくお願いします!

松村 まずは、サブタイトルに「孤食と共食のあいだ」とあるように、「孤食」は文字通りひとりで食べることで、「共食」は家族でちゃぶ台を囲んで一家団欒というイメージ。その「共食的」な家族の食のあり方を、藤原さんは「家族絶対主義」という言葉で批判していますよね。なぜ、家族の食を論じなければいけない、と思ったのかを最初に聞かせてもらえますか?

藤原 そうですね。いま、家族という形態がすごく多様化していて、ひとつの家に赤の他人が一緒に住んで台所を囲む「シェアハウス」みたいなかたちもあれば、ひとり親や、夫婦だけの家族もある。でも近代家族を前提に設計されたいまの社会が、この家族の多様化についていけていないんです。その際たる例が介護や育児で、政治家は近代家族のモデルに従って、全部家族に面倒をみさせようとする。自民党の改憲草案にも「家族は大切にしなくてはならない」とありましたが、そういう言葉ですべてを家族に押し付ける国家のあり方を批判したかった。

松村 そこはとても重要な点だと思います。家族は心安らげる場だということが当たり前になってますけど、家族を愛情関係として捉えはじめたのは産業革命以降ですよね。それ以前の家族は、農民にしても町人にしても、生業や商売を成り立たせるための経営体だった。家業をやるための最小単位なわけです。でも近代化するにつれて、仕事や職場が家族から分離されるのがミソだと思うんです。藤原さんはその近代化と家族のつながりが強調された流れについてはどう思われますか。

藤原 経済の面から話すと、資本主義の内部で作れないものが、自然の力、具体的にいえば、土や海、労働力でもある「人間」なわけです。人間は家族にしかつくれない。そして、仕事をして疲れて帰ったというときにもう一度「労働力」として働けるように回復させる装置として、今の社会で家族が必要とされているんです。
 でもそれは市場外にあるから、法律やイデオロギーでコントロールしていかないといけない。だからこそこの家族を語るときに「愛」というのが上から降ってくる、という仕組みになっているんじゃないかなと思っています。

松村 そうですね。そして、癒しの場であることが家族に求められているとしたら、労働条件の悪さとか社会の歪みみたいなものの解決が全部家族に丸投げされていることにもなる。
 それを社会の側で解決しようとはせず、家族にまかせきりになっている今の状況こそが、結果として家族の多様化にもつながっているんだと思います。

藤原 そうそう。本来は企業や地域、また福祉でケアしてあげていたものが全て「家族」におしつけられている。介護の問題にしても、施設にあずけるのが難しい場合は、家で見るしかない。『縁食論』を書く前提としてそういう状況がありました。

松村 大学で教えていても、しんどい状況になる学生がときどきいるんです。話を聞いてみると、家族の問題が背後にある。そして家族の問題になってしまうと、社会から見えないプライベートな空間で、公的な支援も入りにくい。
 この前、「プリズンサークル」という、日本で唯一更生プログラムを導入している島根の刑務所に、カメラが入ったドキュメンタリー映画を見たんですけど、そのなかでも、罪を犯した若い受刑者が生い立ちを語ると、ほとんどは家族に問題を抱えていました。食事をつくってもらえず、食べることができないとか、虐待を受けてきたとか。
 いま日本はこれだけ豊かだけれども、この瞬間もひもじい思いをしている子どもたちがリアルにいるんですよね。その一部が犯罪に手を染めてしまうけれども、その子を罰したところで根本から問題が解決するわけではない。家族という問いは、食を考える上でもまず考えなくてはいけないポイントだと私も思いました。

なぜ「無料食堂」なのか?

松村 「家族」の問題と並んで、もうひとつこの『縁食論』で踏み込んで書かれているのが「無料食堂」ですよね。その前提として、かつて歴史的に存在してきた「公衆食堂」のことを説明してもらえますか?

藤原  そもそも公衆食堂の歴史を紐解くと、19世紀の貧民救済のチャリティー、そして第一次世界対戦中のヨーロッパの大都市が重要です。後者は、戦争が長引くなかで飢えている人が続出したことが背景です。そんななか、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、ウィーンなどいたるところで、ひとつの家族を超えたセーフティーネットとして、公衆食堂ができた。
 日本でも関東大震災をはじめ、都市自体が不安定になったり、経済成長が活性化する中で貧富の差が激しくなったときに、福祉政策として自治体が公衆食堂を作ったんです。人力車のかたや、くず拾いをされているかたの溜まり場にもなっていた。安いチケットを買って、ご飯と味噌汁をとおかずを買って椅子に座って食べるというかたちで公衆衛生的にも清潔だった。
 湯澤規子さんの『胃袋の近代』に書かれていますけれども、行政が資金を出すだけでなく、実業家がお金を出し合う場合もあって、かならずしも無料ではないけれども、どんな人でもきてよかった。

松村 ありがとうございます。こういった公衆食堂は少額であれ、お金をとるかたちですけど、『縁食論』では、食べ物に価格がつけられて売買されるのはおかしい、つまり、「無料食堂」を提案されています。これは、どういう経緯でたどり着かれたのですか?

藤原 この「無料食堂」の話は、試行錯誤しながら、清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで書いたんです。やっぱり、5円くらいがいいかな、100円くらいがいいかなと何度も行きつ戻りつ考えて。
 そんななかで無料食堂を人文学の課題として真剣に考えようと思った理由のひとつは、松村さんが議論の中でおっしゃっていた、エチオピアの国連の食料援助のお話にあったんです。食料は援助なので無料で手に入るんだけれども、それが入っている袋が市場で売られてしまう。贈与されたものがもう一度市場に流れてしまったり、あるいは地域の主に絡めとられて商品化してしまってギフトがそのままギフトにならないのはおかしいなと。
 もうひとつはベーシックインカムですね。いろいろと歴史をみてみたんですが、やはりお金だと限界があると感じることが多かった。だから最初は、「ベーシック田んぼ」で思考実験したんです。全員すべからく田んぼをあげる奈良時代の「口分田」ですね。亡くなったら自治体に返して、基本的にはそこで何を育てても良い。しかし田んぼや畑は技術が必要で食卓にいくまでに挫折する人も出てきてしまう。
 だから、調理済みのご飯が目の前にあって、誰もがありつける方が、社会として居心地がいいと思って、いっそのこと無料食堂について一度きちんと論じてみようと決めたんです。そして調べてみると、世界には、食べものを料理して無料で配っている例がいくつかあったんです。

松村 なるほど。たしかに、エチオピアの村でもシングルマザーや働けない高齢の女性がいても、そういう人もなんとか食べられるように融通するのが普通です。喜んであげるわけではないけれども、お腹を空かせている人がいたら、みんながちょっとずつ分け与えるのが人間としてあたりまえの行為。
 だからこそ、日本で誰にも気づかれずにお腹空かせて餓死してしまう人がいる、という話をエチオピアでするとすごく驚かれるんです。「どうして隣の人に食べさせて、って言わなかったの?」と。日本では、家族や家がすごく閉じていて、周りの人がそこで何が起きているのか、たとえ虐待が起きていても、老人がひとり暮らしで困っていても、そういう状況に気づけない。もし、知っていたら手助けしますという人はたくさんいるのに、分断されて届かないんですよね。

お互いが「ありがとう」と言える場

藤原 エチオピアで「食べ物を施す」というときは、家に余っているものをあげるんでしょうか?

松村 農村だと調理済みではない芋やとうもろこしなどの作物をあげることもありますし、都会だと、残飯に近いものや乾燥したパンなどもありますね。日本もちょっと前までは、作りすぎちゃったとか、あまったので、というかたちで食べ物が回ることが日常の風景としてありましたよね。
 あと、エチオピアの地方では、貧しい子は教会に預けられて、目の不自由な老人と一緒に家を回ったりする。それで食べ物をもらうと、彼らは神への祈りを捧げるのですが、そこで面白いのは、食べ物を渡す側も最後は神に祝福されて、最終的にもらう側になる。食べ物をもらう側も、ただみじめな思いをするのではなくて、与える側になっているんです。ちょっとした負い目が宗教的なものを介して解消される仕組みがある。

藤原 面白いですね! 『縁食論』を書いているときも、「あげる」「もらう」の関係で起こる負い目やスティグマがずっと気になっていたんです。「教会」というある意味での烙印を解いてくれるシステムがあるのはいいですね。

松村 『縁食論』でもシク教徒の寺院の話が出てましたけど、イスラム教でもラマダンの時期なんかは食事を大量に作って、日没後みんなで食べますよね。お金を出せる人が寄付をして、お金のない人も何の気まずさもなく、みんなで食べる。そうやって神を通して、無料で食べ物をえられて、負い目も恥ずかしさも生じない。
 ただ日本で負い目を感じることなく、無料で食事を食べることはできるだろうか、と思うんです。無料か有料かという問題では解消されない何かがある。そもそも無料食堂を開設するとしても、今の日本の状況だと近所で反対運動とか起きそうですし。

藤原 そうなんです。それを乗り越えるためには、ひとつは多機能性だと思っているんです。スタートから「貧困対策」と銘打つのではなく、溜まり場や、遊び場としての食堂にする。実際に「こども食堂」の現場でもそういう場所づくりを苦心してやってらっしゃいます。あと、「親が忙しいからきた」というかたちでこどもがきてもいい。
 でも、それで本当に届けなければならない貧窮者がこれるかというと難しいところがあるんですよね。食べものを買うお金がなくて困っている人たちでも違和感なくこられる設計にするために思うのは、まずは空間の面で、屋根を高くして、半分外みたいな状況を作るのはどうかなと思っています。シンガポールのフードコートに「ホーカーズセンター」というのがあるんですが、座ることができて、とりあえず雨だけは防げる、みたいな。そういう空間だと存在が目立たない。服も靴も目立たなくさせることができる。こういうようなスティグマ問題について考えていました。

松村 それもいいかもですね。いろんな食堂の風景でいうと、つい最近お店を閉じてしまいましたけど、京都の出町柳の「餃子の王将」が30分皿洗いしたらただで食べさせてくれる、というのをやっていましたよね。あれもひとつの無料食堂のイメージかもしれません。食事と皿洗いを交換する仕組みで、お金のない学生に負い目を負わせない優しさがある。

藤原 そうそう。あれも思い出しながら書いていました。あと『うしろめたさの人類学』を読んでいても、わざと、ジャラっとこぼれ落ちるように小銭を持って歩いて、物乞いにあげる、という話ありましたよね。その感覚というか、私もドイツにいたときにホームレスがいらして、彼らは私がアジア人だからお金があると思って寄ってくるんですけど、そのとき「自分はこういう理由で今お金がない、つきましては今日パンが必要なので、お恵みいただけないかと」と理由を述べておられました。でもなぜかパッと出せなくて。そこで、すみませんけど「ドイツ語の講義をしてください。5分間私と一緒に喋ってください。」ということにしたんです。それで、当時の首相・シュレーダーの批判を言ったりしたあと、「お世話になりました。ダンケ・シェーン!」と言って、ドイツ語会話料としてお金をお渡しすることで、最初の出せなかったときの気持ちが少し解消されました。

うしろめたさの人類学_毎日新聞新帯.jpg『うしろめたさの人類学』松村圭一郎(ミシマ社)

松村 物乞いをされたけれど、藤原さんが感謝して終わるのがいいですよね。私は九州出身なんですが、大学で京都に来て驚いたのが、バスを降りるときに乗客が運転手さんに「ありがとう」っていうんですよね。サービスで言うと、運転手が「ありがとう」という立場なのに、お金払って乗る人が「ありがとう」という。そういうどっちがどっちにしてあげたかが曖昧な状態でお金が払われる。どっちもありがとうと言って帰れる食堂がいいですよね。
 『うしろめたさの人類学』にも書きましたが、東日本大震災のあと援助物資がたくさん倉庫に余っていたんですが、有料の「移動コンビニ」がきたとき、避難者の方が嬉々として買い物をしていたことがあった。そうやって、お金を払うことで「私が自分で選んで買っている」という感覚が生まれるのが、市場のモラリティなんでしょうね。お金を払うことでお互いが尊厳を持つ対等な存在になれて、わだかまりが生じない。そういう意味では、「商品化」することをあまりむげに否定できないのかなあと思います。

藤原 そうなんです! お金を介さないからこそ、偉そうになったり、上下関係ができてしまうのが、無料食堂に合わないなあと思っていたのでそこを指摘していただけてとてもうれしかったです。そして、いま、松村さんのお話を聴きながら、第3案の構想を思いつきました。
 私が商品化をすごく嫌がったのが、外部の巨大な資本がそこに接続して、そうすると冷凍食品や大量生産したものになってしまうところだったんです。
 でも今のお話を聞いて、無料食堂があるマーケットで、市場でしか通用しない、ローカルマネーを作るのはどうでしょう。ご飯だけでなく、地域通貨としてその場で払われる。そうすると、外部から入ってくることはなくなりますよね。

松村 おお! それを貧しい人がどう手に入れられるか、という課題はありますが、その可能性もまた考えていきたいですね。

(後編につづく)

編集部からのお知らせ

こちらのイベントのアーカイブ動画を販売中です!

374007bb1a8135add2c0.jpg

こちらのイベントのアーカイブ動画を1/3(日)までの期間限定で販売中です。また、スロウな本屋さんにて書籍をご購入の方には、メッセージカード付きでお送りいたします!

詳しくはこちら

おふたりの対談「分解とアナキズム」掲載! 「ちゃぶ台6」発刊しました!

9784909394422.jpg「ちゃぶ台」が今号から「生活者のための総合雑誌」としてリニューアルしました! 藤原辰史さんと松村圭一郎さんによる対談「分解とアナキズム」も掲載されています。

詳しくはこちら

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • MS Live! 制作室

    「こどもとおとなのウィンタースクール2021」を開催します!

    MS Live! 制作室

    2020年の8月に初めて開催した「こどもとおとなのサマースクール2020 」では、全国から参加者が集まり、オンラインだからこそできる親密さのなか、生命力の高まる学びの場が生まれました(講座内容・開催のご挨拶はこちら)。参加してくださったみなさま、本当にありがとうございました! そしてサマースクール から半年弱。この度、2021年の1月下旬に「こどもとおとなのウィンタースクール2021」を開催することとなりました!

  • 料理と利他

    『料理と利他』の「はじめに」を公開します!

    ミシマガ編集部

    12月15日に発刊し、はやくも4刷りが決定した土井善晴さんと中島岳志さんの『料理と利他』。本日は、中島先生による「はじめに」を公開します。土井先生の魅力と謎、中島先生の考える利他とのつながり、などなど、本文を読みたくなる前菜というべき文章、どうぞお読みください!

  • 縁食から世界を変える(1)

    縁食から世界を変える(1)

    ミシマガ編集部

    お金の「円」ではなく、人と人、また人間以外のものとの「縁」をベースに「食」を考えなおした、藤原辰史さんの新刊『縁食論』。「縁食」のようなしなやかなつながりが、コロナ後の社会の鍵となる、とすでに多くの反響をいただいています。 そんな本書の発刊を記念して、『うしろめたさの人類学』の著者である文化人類学者の松村圭一郎さんとの対談イベントをMSLive!で開催しました。 松村さんが投げかける問いから、とてつもないスピード感でおふたりの思考が深まっていき、「縁食論のその後」のようなお話にまで議論が及びました。その模様を、本日と明日の2日間にわたってお伝えします。

この記事のバックナンバー

12月20日
第59回 『岩とからあげをまちがえる』(大前粟生 著)が出た! ミシマガ編集部
12月18日
第58回 縁食から世界を変える(2) ミシマガ編集部
12月17日
第58回 縁食から世界を変える(1) ミシマガ編集部
11月13日
第57回 『岩とからあげをまちがえる』(大前粟生 著)を刊行します ミシマガ編集部
11月12日
第56回 「おなみだぽいぽい原画展」ニジノ絵本屋さんで開催中です ミシマガ編集部
09月24日
第55回 「ど忘れ大賞」発表します! ミシマガ編集部
09月07日
第54回 『ど忘れ書道』に届いたおはがき ミシマガ編集部
08月29日
第53回 『残念こそ俺のご馳走。――そして、ベストコラム集』刊行直前特集(2) 傷んだ心に染みわたる名フレーズを。 ミシマガ編集部
08月28日
第53回 『残念こそ俺のご馳走。――そして、ベストコラム集』刊行直前特集(1) まえがきを公開します。 ミシマガ編集部
08月20日
第52回 おなみだぽいぽい増刷します!!! ミシマガ編集部
07月26日
第51回 「深、呼、吸、和、書、集」 〜世間の空気、私の心、解きほぐす本〜 ミシマガ編集部
07月18日
第50回 「ど忘れ大賞」開催!? みんなの「ど忘れ」大募集!! ミシマガ編集部
07月17日
第49回 『ど忘れ書道』ついに発刊!!! ミシマガ編集部
07月06日
第48回 MSマルシェ「業界最高値」 出店・タルマーリーさん ミシマガ編集部
06月26日
第47回 『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』への熱い声を大特集! ミシマガ編集部
06月18日
第46回 「これからのアナキズム」の話 松村圭一郎×三島邦弘(2) ミシマガ編集部
06月17日
第46回 「これからのアナキズム」の話 松村圭一郎×三島邦弘(1) ミシマガ編集部
05月23日
第45回 『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』刊行記念特集 まえがきを公開します。 ミシマガ編集部
05月20日
第44回 パンデミックを生きる構え(2) 藤原辰史×鈴木潤×三島邦弘 ミシマガ編集部
05月19日
第44回 パンデミックを生きる構え(1) 藤原辰史×鈴木潤×三島邦弘 ミシマガ編集部
05月04日
第43回 鎌田裕樹×三島邦弘 トークイベント「本屋と出版社と、読者の『これから』を考える」 ミシマガ編集部
04月21日
第42回 尹雄大×伊藤亜紗 トークイベント「迷い、戸惑う感覚の味わい方」(2) ミシマガ編集部
04月19日
第42回 尹雄大×伊藤亜紗 トークイベント「迷い、戸惑う感覚の味わい方」(1) ミシマガ編集部
04月09日
第41回 「人生最初の小説を書き終えて」『最初の晩餐』常盤司郎さんインタビュー  ミシマガ編集部
03月28日
第40回 教えて、尹さん!―『モヤモヤの正体』その後のはなし。 ミシマガ編集部
03月21日
第39回 『小田嶋隆のコラムの切り口』刊行記念特集(2)武田砂鉄さん寄稿「参考にならない」 ミシマガ編集部
03月20日
第39回 『小田嶋隆のコラムの切り口』刊行記念特集(1)まえがきを公開&『小田嶋隆のコラムの切り口』ラジオ ミシマガ編集部
03月19日
坊さん、本屋で語る。白川密成×辻山良雄(2) ミシマガ編集部
03月18日
第38回 坊さん、本屋で語る。白川密成×辻山良雄(1) ミシマガ編集部
02月20日
第37回 『坊さん、ぼーっとする。』発刊記念! 坊さんと、家族。 ミシマガ編集部
02月01日
第36回 「これからのメディア」を考える ミシマガ編集部
01月30日
第35回 『モヤモヤの正体』刊行記念 尹雄大さんの正体(2) ミシマガ編集部
01月29日
第35回 『モヤモヤの正体』刊行記念 尹雄大さんの正体(1) ミシマガ編集部
01月07日
第34回 小川彩佳さんインタビュー「わたしと日本舞踊」 ミシマガ編集部
12月29日
第33回 みんなちょっと当事者(2)すでに当事者だということに気づいてほしい ミシマガ編集部
12月28日
第33回 みんなちょっと当事者(1) 黒歴史をさらけだす ミシマガ編集部
12月18日
第32回 『今夜 凶暴だから わたし』発刊に寄せて(高橋さん、濱さん、装丁、編集担当のコメント) ミシマガ編集部
12月06日
第31回 冊子「日本舞踊入門の入門」を現在製作中です! ミシマガ編集部
11月23日
第30回 『ほんのちょっと当事者』本日発刊です! 著者の青山ゆみこさんから読者の皆さまへ ミシマガ編集部
11月05日
第30回 展示レポート! 益田ミリ × ブックスキューブリック × BOOKUOKA「本としあわせしりとり展 in 福岡」 ミシマガ編集部
11月01日
第29回 映画『最初の晩餐』公開記念:常盤司郎監督インタビュー ミシマガ編集部
10月15日
第28回 鎌田東二先生にきく! 宇宙の遊び方(2) ミシマガ編集部
10月14日
第28回 鎌田東二先生にきく! 宇宙の遊び方(1) ミシマガ編集部
09月26日
第27回 『クモのイト』本日発刊です!! 中田先生コメント&クモマンガ ミシマガ編集部
09月18日
第26回 クモのイト 刊行記念特集(2)クモの魅力総特集! ミシマガ編集部
09月17日
第26回 クモのイト 刊行記念特集(1) 中田兼介先生インタビュー ミシマガ編集部
09月04日
第25回 「筋トレ」全盛の時代に、「脱・筋トレ思考」のススメ ミシマガ編集部
08月29日
第24回 『脱・筋トレ思考』が発刊しました! ミシマガ編集部
08月20日
第23回 仲野徹と西靖のそろそろ大阪の話をしよう(2) ミシマガ編集部
08月19日
第22回 仲野徹と西靖のそろそろ大阪の話をしよう(1) ミシマガ編集部
07月28日
第21回 ホホホ座とミシマ社の反省会 山下賢二×三島邦弘トークイベント ミシマガ編集部
07月21日
第20回 オクノ修さんインタビュー ミシマガ編集部
07月13日
第19回 「ちいさいミシマ社」 ミシマ社の本屋さんではこう売ります! ミシマガ編集部
07月12日
第18回 ちいさいミシマ社スタート迫る! 推しポイント&ホームページ開設!! ミシマガ編集部
06月21日
第17回 本日、『ホホホ座の反省文』発売日です! ミシマガ編集部
06月16日
第16回 『ホホホ座の反省文』ついに完成しました。(2) ミシマガ編集部
06月15日
第16回 『ホホホ座の反省文』ついに完成しました。(1) ミシマガ編集部
06月13日
第15回 新レーベル「ちいさいミシマ社」第1弾!!(2) 『仲野教授のそろそろ大阪の話をしよう』 ミシマガ編集部
06月12日
第15回 新レーベル「ちいさいミシマ社」第1弾!!(1) 『ランベルマイユコーヒー店』 ミシマガ編集部
06月09日
第14回 父の日に本を贈る(2)いしいひとひくんが父に贈る一冊  ミシマガ編集部
06月08日
第14回 父の日に本を贈る(1)ミシマ社メンバーが父に贈る一冊  ミシマガ編集部
06月05日
第12回 第5弾 心に残った一節は? ~書店員さんのご感想を紹介します!~ ミシマガ編集部
05月19日
第13回 『すごい論語』プロローグ(後半) ミシマガ編集部
05月18日
第13回 『すごい論語』プロローグ(前半) ミシマガ編集部
04月26日
第12回 第4弾『しあわせしりとり』PVをつくりました! ミシマガ編集部
04月24日
第12回 第3弾 本屋さんとつなげる!『しあわせしりとり』 ミシマガ編集部
04月23日
第12回 第2弾「みんなでつなごう! しあわせしりとり展」開催中です! ミシマガ編集部
04月22日
第12回 刊行記念特集第1弾『しあわせしりとり』・デザインの魅力  ミシマガ編集部
04月13日
第11回 フカフカの土が世界を救う!?  学校では教えてくれない「土」のはなし(2) ミシマガ編集部
04月12日
第11回 フカフカの土が世界を救う!? 学校では教えてくれない「土」のはなし(1) ミシマガ編集部
03月20日
第10回 森田真生さんに発刊直前公開インタビューしました。 ミシマガ編集部
03月19日
第10回 『数学の贈り物』ができました! ミシマガ編集部
02月22日
第9回 2.22(ニャーニャーニャー)「猫の日」特別企画! 猫を愛してやまない3人におすすめの猫本を教えていただきました ミシマガ編集部
12月24日
第8回 教えてナカムラさん! 採用のこと、仕事のこと(2) ミシマガ編集部
12月23日
第8回 教えてナカムラさん! 採用のこと、仕事のこと(1) ミシマガ編集部
11月22日
第7回 『銀河鉄道の星』発刊記念対談 後藤正文×名久井直子(2) ミシマガ編集部
11月21日
第7回 『銀河鉄道の星』発刊記念対談 後藤正文×名久井直子(1) ミシマガ編集部
11月20日
第7回 『銀河鉄道の星』あとがきを掲載します ミシマガ編集部
11月04日
第6回 『うしろめたさの人類学』を読んでみよう(2) ミシマガ編集部
11月03日
第6回 『うしろめたさの人類学』を読んでみよう(1) ミシマガ編集部
09月07日
第5回 町田 康×江 弘毅 「大阪弁で書く」とはどういうことか(2) ミシマガ編集部
09月06日
第5回 町田 康×江 弘毅 「大阪弁で書く」とはどういうことか(1) ミシマガ編集部
07月28日
第4回 夏休み特集(2)バッキー井上さんに訊く、ハッピーな夏の過ごしかた ミシマガ編集部
07月27日
第4回 夏休み特集(1)三浦豊さんに訊く、夏におすすめの木 ミシマガ編集部
07月19日
第3回 『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』実践レポート(2) ミシマガ編集部
07月18日
第3回 『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』実践レポート(1) ミシマガ編集部
06月06日
第2回 「万引き家族」を10倍楽しむための10章(2) ミシマガ編集部
06月05日
第2回 「万引き家族」を10倍楽しむための10章(1) ミシマガ編集部
05月16日
第1回 特別寄稿 医師・佐藤友亮さん「罰するよりも大切なこと」 ミシマガ編集部
05月15日
第1回 小田嶋 隆×仲野 徹 「依存」はすぐとなりに(2) ミシマガ編集部
05月14日
第1回 小田嶋 隆×仲野 徹 「依存」はすぐとなりに(1) ミシマガ編集部
ページトップへ