第142回
須藤蓮さん・渡辺あやさん インタビュー「映画を本気で作り、作った映画と旅をする」前編
2023.05.17更新
コロナ禍の最中に制作され、日本各地で上映された『逆光』という映画があります。監督は、本作が初監督作となった須藤
『逆光』は、東京から地方へ、という一般的なやり方ではなく、映画の舞台となった広島の尾道から上映をスタート。その後に東京、京都、福岡、名古屋・岐阜と、全国を旅しました。そこには、映画の届け方を、合理性や経済効果よりももっと豊かでおもしろいものにしたいという思いがありました。
あたらしい映画のかたちを、つくり方と届け方の両面から考え、実践してきた須藤さん。現在はFOL(Fruits of Life)という活動を立ち上げ、映画産業の活発化のみならず、多くの人が少しでも映画に興味を持つきっかけをつくるべく奔走されています。そして今年9月15日には、新作映画『ABYSS』も公開予定です。(詳細は本記事最後の「お知らせ」と、こちらをご覧ください。)
映画『逆光』が京都へやってきた昨年5月、須藤蓮さんと渡辺あやさんにインタビューをさせていただきました。聞き手は、ミシマ社のデッチ(学生のお手伝い)であり、『逆光』の京都におけるスタッフとしても動き回った大成海です。
これからの時代、本気でものをつくり、届けるとはどういうことなのか。2回にわたり、その内容をお届けいたします。
(取材・構成:大成海、角智春)
尾道なら撮れる
須藤 『逆光』は、1970年代の真夏の尾道を舞台にしたラブストーリー。男女4人のひと夏の青春群像です。コロナ禍に撮影したのですが、脚本の渡辺あやさんが「70年代の尾道なら撮れる気がする」とおっしゃいました。
渡辺 緊急事態宣言が出て、先がまったく見えない時期でした。ものを作っていけるのだろうかと暗澹たる気持ちになっていたのですが、私たちはものを作る人間だから、それをしないと元気にならないなと思ったんです。
せっかく自主制作で映画を作るなら、普段は作れないものを、最小単位で、思いっきり作りたいと考えました。まず、脚本家と監督だけで始めて、企画が走り出したら、ちょっとずつ仲間を増やしていく。変化に臨機応変に対応できるようなやり方で映画を作ってみようと思いました。
尾道はすごく絵になる、人が美しく見える町なんです。近代的なビルの前に人が立つと、人が建物に敗北している感じがして美しく見えないんですよね。でも、尾道は風景が人の尊厳を奪わないと感じます。
須藤くんには志を共にできる役者仲間が何人かいて、「吉岡」役の中崎
須藤 「みーこ」という役を提案しました。不思議ちゃんがひとりいることで、はじめて、この物語をおもしろく撮る自信が出てきました。
渡辺 で、みーこ役として
須藤 木越さんは、この映画がほぼ初演技です。みーこのような不思議ちゃんって、実は、それっぽく演じることは難しくないんですけど、ほんとうの意味で演じられる人は限られているんです。役者としての技術以上に、本人の特質やタイミングみたいなものが大事な気がします。僕は初対面の時点で木越さんにそれを読み取って、確信していました。
純粋に作ると、想像もしなかったふくらみを持つ
渡辺 2020年6月に緊急事態宣言が緩和されて、県をまたぐ移動が許されたタイミングで、『逆光』を撮るために尾道に行きました。尾道は、大林宣彦監督がいくつか有名な映画を撮られていて、地元の人たちがそれを手伝ってこられた歴史もあるので、芸術活動への理解が深い土地なんですよ。
私が脚本を担当し、須藤くんが主演を努めた『ワンダーウォール』(*)という映画があります。『ワンダーウォール』は2020年に公開されたのですが、東京の初日上映が緊急事態宣言で飛んでしまったんです。1年くらいかけて準備してきたイベントも全部中止に。緊急事態宣言明けには上映できたのですが、お客さんが2人だったよね。
(*編集部注)京都のとある大学の学生寮建て替え問題をめぐる、寮生たちと大学側との対峙を描いたドラマ。2018年にNHK BSプレミアムで放送されたのち、2020年に劇場版として日本各地の映画館を巡回した。
須藤 あれはショックでしたね。当時の自分にとっては『ワンダーウォール』しかなかったので、それが今の世の中で必要とされていないという気がしてすごくショックでした。チームがいたのでなんとか気持ちは保っていたけど、僕1人の監督作だったら立ち直れなかっただろうなと思います。
Zoomで舞台挨拶をしたり、番組を作ったり、いろいろやりましたが、やっぱりどこか偽物な気がしていて。実際に会えないことで、大事なものが損なわれているように感じました。それが、映画を撮りたい、「場」を作って何かをやりたいという気持ちにつながったのだと思います。
渡辺 私は20年くらいこの仕事をしていますが、こんなにピュアな作り方はなかなかできないな、というのが正直な実感なんです。ドラマにせよ映画にせよ、ものを作るには巨額なお金がいるので、いろんな関係者の希望を汲まないといけない。だから、本当に純粋にいいものを作ろうというモチベーションで成立している現場がなかなかないんです。たとえば、キャストを全員オーディションで選ぶなんてありえなくて、やっぱり人気の俳優さんを呼ぶという理屈になるんですね。
けれど、『ワンダーウォール』はNHK京都放送局の地域ドラマだったこともあって、純粋な作り方をさせてもらいました。すると、生まれてくるものが想像もしなかったようなふくらみを持つんですよね。
以前、鳥取県智頭町のパン屋・タルマーリーの渡邉格さんによる『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』という本を読んで感銘を受けました。渡邉さんが書かれている天然の酵母菌が生まれる環境は、私たちの創作にものすごく似ているなと思うんです。
なるべく人の手が混じっていないものが、ほんとうにいい発酵をする。映画やドラマも同じように、最初から最後までなるべく純粋な形を保ったまま作られるほうが、おもしろいし、自分の予想がつかないものになるんです。須藤くんをはじめとする仲間とは、そのために出会えたような気がしています。
私は、仕事でいろんな企画をもらうとき、お金をもらわなくてもやりたいと思えるかどうかが判断基準になっています。『ワンダーウォール』や『逆光』、そして今秋公開予定の『ABYSS』という作品は、お金を出してでもやりたいと思えるんです。そう思えるものは必ず、普段は自分が見ない力を持つことがあると感じますね。
世代の壁を越える、自分の声を聴く場を作る
渡辺 今回、『逆光』の宣伝活動の一環として、「GOGOパーティー」というものをやっています。60年代の音楽に合わせて踊るイベントです。知らない時代の音楽に、本気で乗る。最先端のもの以外を否定するのではなく、ある時代を一緒に祝福することで、楽しい瞬間を共有できるんじゃないかと思ったんです。実際にやってみたら、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。
その時代に青春を過ごした人たちとも一緒に楽しめるので、世代の壁を取り払う場にもなっています。若い世代だけではなくおじさんも呼ぼうということで、誠光社の堀部篤史さんや、かもがわカフェの高山大輔さん、『逆光』で活動している中で出会った佐藤俊輔さんなど、京都の「大人文化」の重鎮たちにお声がけしたら、ノリノリでDJをやってくださることになったんです。こういうことが起きるのがすばらしいと思います。
GOGOパーティーの様子
須藤 僕は、最初にGOGOパーティーのアイデアを聞いたときは、自分的にはちょっとちがうかな・・・と思ったんです。でも、あやさんがおもしろいというなら、と割り切ってやってみることにした。そしたら、すごくおもしろかったんです。
『ワンダーウォール』を各地で上映したときに感じたのですが、大人との関わりをあまり持ってこなかった若者、ほんとうは興味を持っているのにそういう機会のなかった子たちが、作品を通じてちがう世代の人たちと会話をするのってめちゃくちゃ難しいんですよ。
でも、GOGOパーティーは、一見なんの意味もないようで、そういうつながりの形成に役立っている。それこそ、大人がはしゃいでDJをしている姿を見るというのは、実はめちゃくちゃ大事なことだと思うんですよね。
渡辺 須藤くんと一緒に「ダイアローグ」というイベントをやってきました。若者が集まってただ対話をする、というイベントで、7人ずつくらいでテーブルを囲んで、そのなかの誰かが自分の悩みであったり、社会に対する不安であったりを話し、みんなでどう思う?という感じで対話する場です。
これが意外と盛り上がるんです。飲み会でもできないような話を素面でできたということに満たされた感覚を持つ人が少なくなかった。だから、ダイアローグはこれからもやっていきたいと思っているんですが、どうしても世代を超える感じにはならない。問題意識も世代によって全然違うし、若者たちは素直だから、年長者が口を出すとなんとなく「そうですね」となってしまう。
GOGOパーティーはそれも超えられると感じています。その場でただ一緒に時間を共有する、というコミュニケーションが成り立つんです。
――なんでも話していいよと言われるより、そこにいて、踊ってるだけでいいよと言われている感じが嬉しいですね。
渡辺 そうそう。私が感動したのは、GOGOパーティーで氷川きよしさんのズンドコ節がかかったときに、若い子たちが「キヨシ!」って合いの手を入れたんです(笑)。私たちはこれを共有しているんだね、と。楽しかったです。
須藤 普段は知らなかった自分の声みたいなものをちゃんと聞いて、そして、自分の声を誰かが受け入れてくれるという体験をすることが、ダイアローグの素晴らしいところだと思います。相手のことを受け入れるけれど、自分のことも受け入れてもらう。マウンティングじゃない言葉で場を共有して、その場の壁をなくして、かつ、自分自身との距離を近づける。
GOGOパーティーは、音楽に身を委ねることで、居心地とか連帯感を生んでくれたり、世代間の壁をたのしい熱で溶かしてくれるイベントですね。
【須藤さんの新しい挑戦への応援をお願いいたします!】
現在はFOL(Fruits of Life)の主宰者として活動されている須藤蓮さん。第2作目の監督作『ABYSS』が、今年の9月15日(金)に公開されます!
脚本は須藤蓮さんと渡辺あやさんの共同制作。昭和の尾道を舞台にした前作『逆行』に対して、今作が描くのは主に現代の東京。より鮮やかな映像と音楽に圧倒されること間違いなしです!
***
現在FOLは、クラウドファンディングに挑戦中です。
上記ページには、須藤蓮さんや渡辺あやさんをはじめとするメンバーみなさんの想いが詰まっています。ぜひご一読いただけましたら幸いです。
映画『ABYSS』を自分たちの手で、『逆行』よりも多くの人へ届けるため、そしてFOLという活動を通して、より多くの人に映画に興味を持ってもらうために、さまざまな企画が始動しています。
その主たるものが「Movie・Go-Around」(通称:ムーゴラ)という映画サーカスのようなイベント。「映画を愛するあなたが主役」をコンセプトに、各地域のお店や人とコラボをしながら、映画をテーマに食・ファッション、音楽などをさまざまに楽しみながら町を盛り上げます。
そのほかにも、若手の映画監督の映画制作を支援するプログラムを作ったり、4月には東京は松陰神社前に古着や古本、コーヒーやクラフトビールなどを取り扱う「FOLショップ」をオープンさせたりと、FOLの活動はエンジン全開です。
お近くの町に、映画『ABYSS』が、ムーゴラがやってきた際には、ぜひ足をお運びいただけますとうれしいです。クラウドファンディングへのご支援も、どうぞよろしくお願いいたします!
【プロフィール】
須藤蓮(すどう・れん)
1996年生まれ。映画監督。FOL(Fruits of Life)主宰。『逆光』で映画監督デビュー。俳優としての出演作に、『ワンダーウォール』(テレビドラマ/劇場版)、映画『弱虫ペダル』『生理ちゃん』、Netflix「First Love 初恋」、NHK大河ドラマ「いだてん」、テレビドラマ「おいハンサム‼」など。
渡辺あや(わたなべ・あや)
1970年生まれ。2003年、映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。作品に映画『逆光』『メゾン・ド・ヒミコ』、テレビドラマ『ワンダーウォール』(テレビドラマ/劇場版)、「その街のこども」、NHK連続テレビ小説「カーネーション」、「エルピス―希望、あるいは災い―」。