『すごい論語』プロローグ(前半)

第13回

『すごい論語』プロローグ(前半)

2019.05.18更新

 来週の土曜日、5/25にいよいよ『すごい論語』が発売となります!

すごい論語_書影.jpg『すごい論語』安田登(ミシマ社)

 『論語』と聞くと、なんとなく道徳的説教イメージがあって、敬して遠ざけたくなる・・・のは、なんと著者の安田登さんも一緒だったそうです。
 それが、なぜ本を出すほどまでに『論語』に魅せられていったのか、大きな変化を迎えている今の時代だからこそ『論語』から受け取れる恵みとは、そして今回、いとうせいこうさん、釈徹宗さん、ドミニク・チェンさんらをゲストに迎えて『論語』を読む試みをしたのはなぜか・・・?

 そのあたりを綴ってくださった本書の「プロローグ」を、本日と明日、2日間にわたって、ひとあし早くミシマガの読者のみなさまにお届けいたします。どうぞお楽しみください。

(ミシマガ編集部)


「つまらない」のになぜ続いているのか

 私の職業は能楽師です。

 さて、能と『論語』には共通点があります。

 ひとつは長い期間、「ずっと続いている」ということです。伝統があるのです。

 『論語』は、孔子(紀元前五五二-紀元前四七九、異説あり)とその高弟たちの言行を、その死後に弟子たちがまとめた書物です。書物として成立したのは孔子が亡くなったおよそ四百年後と考えられていますから、孔子が生きた時代から数えると二千五百年、文献としてまとめられた時期から数えても二千年の時を超えて、読み継がれ、人々に語り継がれています。

 一方、能のほうは、世阿弥(一三六三-一四四三、異説あり)が生まれておよそ六百五十年。世阿弥のお父さんである観阿弥のころから上演されていますから、こちらは六百五十年以上、なんと一度も途切れずに演じ続けられています。

 ともにとても長い期間、続いているのですが、それだけではありません。もうひとつの共通点は、両方とも「つまらない(と思われている)」ということです。

 ・・・なんていうと怒る人もいますが、しかし少なくとも多くの人からそう思われていることは事実でしょう。
 でも、じつはこれが大事なのです。

 「つまらない(と思われている)」のに、なぜこんなに長く続いているのか。

 それには深い理由と、そして意味があると思うのです。

 私が能を始めたのは二十代も後半になってからで、それまでは「あんな辛気臭いもの誰が観るか」と思っていました。また、『論語』だって、やれ徳を大事にしろだとか、やれ聖人君子たれだとか、「時代錯誤の理想高き堅い道徳書」と、敬して遠ざけていました。

 ところがひょんなことから能を職業にすることになり、本気になって始めてみると、これが深い深い。しかも、深いだけではない。始める前に抱いていたような辛気臭さも、古臭さもない。六百五十年以上も前のものですから、古いことは古い。しかし、新しいとか古いとか、そういうところを超克した永続的な時間性のようなものが能の中にはあるのです。だからこそ能はいつの時代においても(むろん現代でも)その生命力と命脈とを保っているのではないかと気づいたのです。

 ならば『論語』にもそれがあるんじゃないか。それがわからないのは自分の読みの問題なのではないか、そう思って、もう一度『論語』に向かってみることにしました。

『論語』を孔子の時代の文字で書き直す

 さて、そう思った途端に出会ったのが聞一多 (一八九九-一九四六)の書です。

 聞一多は中国の詩人であり古典学者です。しかし、それにとどまらず、自身の研究をもとに古代の劇を復活上演するための台本を書く劇作家でもあります。また画家やイラストレーターでもあり、書家でもあり、そしてその最期は国民党の特務機関に暗殺されるほどの活動家でもありました。

 私は聞一多が好きで、よく読んでいたのですが、ちょうど『論語』を読み直そうと思ったときに入手した新版の聞一多全集の中で見た書のひとつが、『論語』を孔子の時代(周の春秋時代)の文字で書いたものでした。

 これは衝撃でした。

 「おお! たしかに孔子の言行は、孔子の時代の文字で書くべきでは」

 そう思って、『論語』を孔子の時代の文字で書き直すという作業をしてみました。

 孔子の時代の文字というのは「金文」と呼ばれる青銅器に鋳込まれた文字です。『論語』の本文を、孔子の時代やそれ以前に鋳造された青銅器の銘文で使われている文字、あるいはその前の時代である殷(日本ではこう呼ばれることが多いが、世界的には「商」と呼ばれることが多い)の時代の「甲骨文字(亀の甲羅や動物の骨に刻まれた文字)」で書き直してみたのです。

 すると『論語』は、それまでのそれとはまったく違った姿を現し始めました。

 まず気がついたのが、『論語』がきわめて身体的な書物だったということです。『論語』には、身体の一部あるいは全部を表す漢字が多く含まれています。

 たとえば『論語』の巻頭の文字は「学」です。

 現代の「学」の字を見ても、これが身体的な文字であるということには気づきません。そこで、この字を古代の文字で見てみましょう。

0520_1.png

 すると

上にある二つの「 0520_2.png」が「手」であり、下の「P5-3.png」が「子どもの姿形」の象形

であることが見えてきます。 「学」の字の中には「手」と「子どもの姿形」という、二種類(三つ)の身体が含まれています。

 ちなみに現代の文字で書かれた『論語』に出てくる一五〇〇種類ほどの漢字の中で、身体の一部あるいは全部が含まれている漢字は七五〇種類ほどあります。つまり、『論語』という書物は、半分ほどが身体にまつわる文字で書かれているわけです。

明日に続きます!


プロフィール

yasuda.jpg

安田登 (やすだ・のぼる)
1956年千葉県銚子市生まれ。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、甲骨文字、シュメール語、論語、聖書、短歌、俳句等々、古今東西の「身体知」を駆使し、さまざまな活動を行う。著書に『あわいの力~「心の時代」の次を生きる』、コーヒーと一冊『イナンナの冥界下り』(以上、ミシマ社)、『異界を旅する能~ワキという存在』(ちくま文庫)、『能~650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。~古代中国の文字から』(新潮文庫)など多数。

編集部からのお知らせ

安田登さんによる新刊『すごい論語』発刊します!

『あわいの力』『イナンナの冥界下り』でおなじみの、能楽師である安田登さんが、いとうせいこうさん(音楽)、釈徹宗さん(宗教)、ドミニク・チェンさん(テクノロジー)と、各分野で活躍する「すごい」人に『論語』を投げかけた一冊です。ぜひお近くの本屋さんでお手にとってみてください。

すごい論語_書影.jpg『すごい論語』安田登(ミシマ社)

『すごい論語』刊行記念トークイベント(安田登×釈徹宗×ドミニク・チェン)開催します!

5月25日(土)発売予定の新刊『すごい論語』の刊行を記念して、著者の安田登さん、本書における対談相手の釈徹宗さん、ドミニク・チェンさんによるトークイベントを開催します。

【会場】青山ブックセンター本店
【日時】2019年5月25日 (土) 18:00~19:30(開場17:30~)

【会場アクセス】
東京都渋谷区神宮前5-53-67
コスモス青山ガーデンフロア (B2F)

詳細はこちら

安田登さんの名著『あわいの力』4刷が決定しました!

 古代人には「心」がなかった――
 「心の時代」と言われる現代、自殺や精神疾患の増加が象徴的に示すように、人類は自らがつくり出した「心」の副作用に押し潰されようとしています。「心」の文字の起源から、「心」に代わる何かを模索するこの本。
 『すごい論語』と合わせて読んでみてください!

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『あわいの力』安田登(ミシマ社)

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