第201回
復活掲載! 本上まなみさんが「書く」ことについて思うこと(前編)
2025.10.13更新
9月20日に発売した、本上まなみさんのエッセイ集『みんな大きくなったよ』、おかげさまでたくさんの方にお手にとっていいただき、メディアでの紹介も続々決定しています!
本書は、本上さんの執筆デビュー作『ほんじょの虫干。』の刊行25周年を記念した一冊です。
俳優業とともに、四半世紀以上にわたり執筆業をつづけてきた本上さんは、「書く」仕事にどんなふうに向き合ってこられたのでしょうか?
本日は、2023年6月に公開した本上さんのインタビュー記事を、復活掲載いたします。
夫・澤田康彦さんとの共著エッセイ『一泊なのにこの荷物!』の刊行に際し、本書編集者の三島邦弘が本上さんに「書くこと」についてお話をうかがいました。
本上まなみさんが
「書く」ことについて思うこと(前編)
聞き手・構成=三島邦弘
『一泊なのにこの荷物!』には、特別な思い入れがあります。それは、とても個人的なことで恐縮きわまりなく・・・。私(三島)が20代半ばの頃、最初に勤めた会社で渾身の企画書を書いた著者のひとりが「本上まなみ」さんだったのです。まさか、約四半世紀後、自分のつくった会社から「ほんじょ」さんの本が出ようとは。あの頃の青年ミシマに言ってやりたいです。「思いはいつか、形になりますよ」って。(すみません)
本上さんのデビュー作『ほんじょの虫干。』は、ちょうど私が社会人1年目、営業の研修を終え、編集部に配属される直前の1999年6月に発刊されました。その年、私ははじめての社会人、はじめての東京、はじめてのひとり暮らしと3つの初に戸惑い、文字通り、くたくた、ズタボロの日々を送ります。そのころ、自分を支えてくれたのが、「ほんじょ」さんの文章だったのです。
「ほんじょのマユゲは、実は三角です。さんかくけい。(略)
でもね、さんかくマユゲもこのところずっとごぶさたしてるんだ。
仕事の時にきれいに美しくととのえてしまうから。きれいとか美しいとかって一体何だろうって思うけど、きっと<今流行っているカタチ>のことだ。」(『ほんじょの虫干。』p13~14)
ああ、こんなに飾らずに文章は書けるんだ。と思ったり、癒されたり、ただただいいなぁ、と感じたりしたものです。
『一泊なのにこの荷物!』発刊にあたり、本上さんに「書くこと」についてお話をうかがいました。澤田さんの特別出演もあり!
本上まなみさん
話すのはずっと得意じゃなかったのに、こういう職業に
――本上さんのなかで、当時書き始めたときと今とでは、書くことに関して変化はありますか?
本上 変わらないところも変わったところもあると思うんですけど、ものすごい時間がかかるタイプです。なにがいちばん自分の気持ちを表す言葉なんだろうというのを探すのに、いまだにずっと時間がかかって。大変だなと思うけれども、書くことはとても楽しいです。
――本書のあとがきで澤田さんが、「原稿がはかどらない、というのは確かに私たち夫婦の口癖」と書いていらっしゃいますものね。それは、最初からですか?
本上 最初からです。さっき言った、自分の言葉を探すことに時間がかかるんだと思うんです。もともと話すのも得意じゃなくて、この職業を始めてから、いろいろ人前でしゃべるということをトレーニングするようになって。それまでは、友だちと過ごしていても、そんなにめちゃくちゃしゃべるタイプでもなければ、ほんとうに気の合う子とつるんでても饒舌にしゃべり合うこともなく、ボソボソしゃべる。「そうやなぁ」「ふーん」みたいな。もともと自分はこうですよとか、こんなことが好きなんですよ、と話すのも得意じゃなかったのに、図らずもこういった職業についてしまって。無理やりに自分は何が好きなんだろう、こういう気持ちがおもしろい、つまらない、しんどい、とかいろんな感情がそのときそのときに自分が体験していることで出てきて、「言葉にするとこういう言葉なんだ」と自分自身で確かめているような感覚があります。
そのトレーニングをずっと続けているような意識があるんです。だけど、しゃべることって、瞬発力が必要なのに、私自身はたぶんのんびりしているほうなので、言葉が出てくるのに時間がかかる。人に会ってしゃべるというのが、けっこうたいへんなんです。だから、なぜ書くほうにいったかというと、おそらく書く時間は考える余裕を十分に与えてもらっているから。そのなかでやりくりして、思っていることを、その時間内に書いてしまえば、「それでいいんだ」と気づけたのが大きくて。
しゃべるか書くかどっち? と言われたら、書くほうが好き、と答えると思います。最初といまと何か変わったかなというと、何も変わってないかもしれない。職人さんなら、修行して一人前になると思うんですけど、私の場合あまりそれはないのかもしれないです。
澤田 書き上げた後のさっぱり感! 急にさっぱりするよね。どんよりした雲がぱっと晴れて。ショウジョウバエが急に去った、みたいな表情。
本上 自分でまたどんよりするのはわかってるのに。
澤田 だってそこまでは遊んでるし。
本上 (笑)
――書き出す直前まで遊んでるんですか?
澤田 別の仕事をしている場合もありますけど、遊んでます。子どもと遊びに出たりしてるよね。
本上 いまできそうかなという瞬間が来ることもあるんですけど、それでもなかなか「じゃあやろう」とはならないもので。
澤田 それは『
本上 うん。
書き出す前の本上さんは人間じゃない動物になる?
――『一泊なのにこの荷物!』の連載では、テーマを本上さんが「朝ごはん」「毒虫」と毎回テーマを選ばれましたが、このテーマで行こうと言ったらバッと書いてましたか?
本上 そうです。それはなんでかというと、時間がギリギリだったんです(笑)。
――ギリギリでテーマも選んでいらっしゃったと(笑)。
澤田 連載開始前に、2人でテーマをまずはいっぱい出し合ったよね。そのなかから「何でやれるかね」と、最初から彼女のなかにインプットはされてるんです。けど、できるできないをぜんぜん決めない。「これにするか?」って言っても、うんとは言わない。慎重なんです。嫌だとも言わない。あれなんでかね。ああいうとき黙るよね。
本上 黙る。なんて言ったらいいかわからないんです。たぶん動物みたい・・・。
澤田 僕から「これにしなさい」とも言えないし、「こっちはなんでもいいからね」というのをまた悪くとるし。コミュニケーションがとりづらい。そうそう。不思議な動物みたいな。
本上 自分でも動物みたいと思います。人間に近づいていないというか。ちょっとしんどい、がんばってるけど、ギリギリ踏みとどまって、いるのかいないのかくらいの感じだと思います(笑)。
澤田 一歩手前という感じだよね。このことに関しては。慎重になってるわけではないのか。
本上 慎重になってるわけではなくて。
澤田 本上のその感じはね、書きたいけどうまく書けないんですよ。だんだんハエが飛び始める感じ。
――飛び出してから書き始めるんですか?
澤田 「やらなあかんねん」みたいなことを言う。「やらなあかんねん」と言う回数が増えてくる。
本上 それはもう知ってるしみたいな。カレンダーにも書いてあるしみたいな(笑)。マネジャーからも「締め切りそろそろですよ」みたいなことを言われ。わかってるねんけどなぁ、って。
――この連載だったら時間はどれくらいで書いていただいていたんですか?
本上 わからんけど、一泊二日くらい。ここらへん(頭のまわり)にいっぱいハエを溜めて。
澤田 夜にやるよね。
本上 そうですよね、なぜならやっぱり人がいるとできないからね。それか学校に行ってるときとかね。コロナのときは子どもが学校に行っていなかったから苦しかったな。
――そうか。それ自体で執筆のペースや書く時間帯が変わらざるを得ないですもんね。
本上 やっぱり子どもが暴れている日中はできないですよね。
澤田 賀茂川行きたいもんね。子どもたちを(夜寝かすためにも)弱らせないといけないし。
本上 でも弱らない。こっちが弱らされます。
――そうですよね(笑)。大人のほうが眠くなりますよね。
本上 早く寝るのはこっち。
澤田 本上の原稿がずっと変わらないというのは僕もそう思うな。
――澤田さんは、今回、本上さんの文章を意識されました?
澤田 あんまり褒めるのもしゃくだけど、すごいピュアで、ほんとうのことをそのまま書いてるなぁって思いますよね。それに負けないようにしないといけないから大変なんですよ。こっちのほうが「やらしい」んですよ、文章とかいろいろ。笑かしたいとか、そういうものが生じてくるので。でも、どうも小手先の技なんで、動物の純粋さには負けちゃう。
――本上さんはそういうのないですか?
本上 基本的にない。サービス精神がないとよく言われる。
ピンポイント観察者
――本上さんの文章には、食べ物や虫など固有名詞が多く、めちゃくちゃいろんなことを覚えてらっしゃる印象なのですが、エピソードなどは全然おぼえていらっしゃらないとうかがいました。細かいところをおぼえていらっしゃるのは、絵として、ですか?
本上 絵として覚えてるんだと思います。
――それを再現させて文章を?
本上 そうですね。
――じゃあ、けっこう観察をされていらっしゃる。
本上 観察するのは好きですね。人の話を聞いたりするのもすごい好きなんですけど、話自体はすぐに忘れて、その人の仕草とか、着ているものとか。
澤田 目ざといし、すぐ言ってくるよね。洋服でも小物とかでも、「それどうしたん?」とか。答えても「ふーん」で終わってそのままなんですけど、なんかビジュアル上違和感をおぼえたら、それに対しては1回言及してくる。観察する人なんだと思います。
――どういう観察のされ方なんですか? たとえば、日常のこともけっこう書かれますけど、起きて、たとえば賀茂川まで行くというときの道なりなど、歩いているところの絵が全部・・・。
本上 そんなことはないです。ほんとうにピンポイントで、その道中になんか変な色のイモムシがいれば、そのイモムシを鮮明に覚えているんだと思います。
――そのときに興味を持った対象。
本上 その対象にだけフォーカスがきて、他はぼやけてます。だからイモムシのディテールはものすごく書けるんですよ。「それがどうしたん?」と言われても、「いや、すごいおもしろくない?」みたいな感じの感想しかない。
澤田 そこから広がらない。
本上 あまり役には立たないです(笑)。
――たとえば賀茂川に行くのだとしたら、また行った場所でなにかを見つけたときにキューとフォーカスが当たる。そういう、フォーカスが当たったものの積み上げみたいな感じですね。
本上 そんな感じですね。
――はぁ〜、おもしろいな。その間ぼやけてるのが(笑)。
本上 何も見えていないんですよね。だから、たぶん一緒に住んでる人の方が大変なんじゃないかと思う。急に立ち止まってしゃがんだ! みたいな。
澤田 自然観察に限らずに、たとえばタクシーに乗ったとき、クーポン券がいっぱい出てきたらクーポン券の方に目がいくから、財布を忘れていったりしたこともあるよね。いびつなピンスポットの当て方をしてるから。
本上 うちの両親を見ていてもそんな感じなんですよね。おそらく、そのあたりは親から受け継いでいるのかなという気がする。
澤田 全体を見ていない感。
本上 でも、そっちに集中するから、周りの人がそれでどうなっているかも気がつかないし、自分のやりたいことに熱中できるんですよ。だから、想像ですが、一緒に住んでる人とか、一緒に仕事をしている人とかは・・・はぁみたいな(笑)。もう観察終わりました? みたいな。
一同 (笑)
澤田 でもね、一方で家事とか、僕の母親のところに行ったりすると、気遣いとかはすごいんですよ。
本上 たぶんスイッチを切り替えてるんだと思います。
澤田 いつも切り替えようよ。
一同 (笑)
本上 家ではオフになってるな。
――オフになったときにバッと入り込んで、おもしろいと思ったものをずっと観察していられるし、その他は気にしないでいられる(笑)。
澤田 そうね。しょっちゅう庭に出て、何か発見して言うてるもんね。虫にもなんかしゃべりかけてるよね。
本上 言ってるかも。
――文章は、本上さんのオフの感じがそのまま生きている感じがします。
本上 そうだと思います。ニュース番組とかでもそうですし、バラエティ番組とかでもそうですし、外に出る仕事のときはある種のスイッチが入って、ちゃんとやらなきゃいけないとか、しなきゃと張り切っているんですね。書いているときは自分のほんとうのことを書きたいから、たぶんオフになっている状態のことを書いているんだと思います。
――たとえば京都新聞で「現代のことば」のような、時事的な原稿を書くときはどんな感じですか? 同じですか?
本上 いや、新聞はちょっと違いますね。
(後編につづく)
*後編は2025年10月14日に復活掲載します。