第149回
西靖さんインタビュー「育休はたいへん! だからこそ楽しもう」
2023.06.30更新
今年2月に刊行となった、西靖さんの『おそるおそる育休』。
仕事ひとすじだったアナウンサーの西さんが、三人目のお子さんの誕生をきっかけに育休を取り、「給料減るの?」「周りはどう思う?」「お弁当なんて作ったことないんですけど・・・」「妻とギクシャクしたら?」という不安を抱えつつも、家事に育児に大奮闘した日々のことが綴られています。等身大の言葉で綴られた記録は、子育て世代を中心にたくさんの反響をいただいてきました。
あす7/1(土)には、大阪・梅田蔦屋書店にて、西さんのトークイベントを開催いたします!
本書発刊直後に、西さんと梅田蔦屋書店を訪問しました!
本日のミシマガでは、『おそるおそる育休』発刊にあたって西さんに聞かせていただいたお話をお届けします。
書籍には書かれていない話題もたくさん。本書をもう読んでくださった方も、これから読みたいという方も、どうぞお楽しみください。
(取材・まとめ 角智春)
50歳でセミ取りばかりやる夏
――育休を取ると決めたとき、周りからの反応はどうでしたか?
西 もともと僕自身、4カ月も仕事を休むとは考えていませんでしたし、妻も最初は、「助かるけど、大丈夫?」という反応でした。それに、地方の実家で暮らしている親からは、「お前、そんなに仕事休んでどうするんだ」と言われましたね。これは世代的な問題が大きいと思いますけど、男性が家事や育児のために休職する、という考え自体がまったくなくて。
一方で、職場の同僚や友人はみんな「いいやん」と応援してくれました。
報道の仕事をしていて、育休のニュースを扱うことはあるんですが、とはいえ業界内では「番組編集のために二晩徹夜した」みたいな話が美談として語られるような雰囲気もまだ残っていて、実際はそうした働き方が難しいところもあります。
僕の場合はたまたま、担当している番組が少ない時期でもあったし、穴を埋めてくれる仲間の存在があったから、育休という選択をとれました。『おそるおそる育休』のなかでも書きましたが、仕事がもっとあったら育休を取らなかったかもとは、今でも思いますね。
――なるほど。
西 僕は毎日放送に入社して以来、同じ会社で28年間働いてきて、さらに、アナウンサーという専門職的な仕事をやってきたので、社内でもめずらしく部署異動も一度もしていません。
番組が変わることはあっても、人前に出て何かを伝えるという仕事は基本的には変わりがありません。好きだからやっていますし、レベルをあげていきたいとも思っているんですが、ある意味で、見る景色は変わらないわけですね。
だから、会社のオフィス、スタジオ、取材現場、中継先・・・といった場所とはちがうところでちがう役割を担うのは、この育休がほぼはじめての経験だったんです。非常にインパクトのある、いい4カ月でした。
第1章は「そういえば男も育休取れるんだっけ」
――西さんと本書のテーマについて打ち合わせていたときに、「五十の手習い」という言葉をおっしゃいましたよね。この年齢ではじめての経験をすることはめったにないことだからと。
西 はい。「朝6時半に起きて朝ごはんを作る? どうやって? すごく新しい!」ということの連続でした。料理は、一人暮らしだったころも含めてまったくやったことがなかったから、自分の作ったものを子どもがパクパク食べている光景はめちゃくちゃ新鮮でしたね。
やっぱり残されるとくやしくて、「どうやって食べてもらおう」って思うし、「甘いものや柔らかいものばかり作るのもよくないしなぁ」「このおじゃこをどうやって美味しく食べてもらおうかな」と考えました。そういうことを考えること自体が、すごく新しかったんです。
――西さんが「あとがき」に、育休中に仕事のチャンスを逃していたとしてもどうってことないと思えるくらい、本当にいい経験だった、ということを書かれたのが印象的でした。
西 「仕事のチャンス」って、結果を残すこともそうですが、新しい何かにトライできるということでもある思うんですよね。それでいうと、こんな機会ってなかなかありません。
だって、50歳にもなって、公園でセミ取りばっかりやる夏ってないですよね。
七月下旬、好天が(つまり灼熱の日々ですが)続いた時期、長男は公園でのセミ捕りにハマりました。次男はセミを触ることができませんが、それでも網と虫かごを持って、いっちょ前についていきます。親のほうはカバンに水筒を入れて同行。来る日も来る日も、判で押したように公園に出かけ、セミを探し、そのくせけっこうビビりなので、簡単に捕まえられそうなセミほど「パパが捕まえて!」と網を押し付けてきて、背の届かないところのセミについても私に捕獲命令が下り、誰がセミを捕っているのかわからない日々を過ごしました。
そのうち私も、木を見上げると自然にセミを探すようになり、捕獲率も格段に上がって、気がつけばもはやセミプロ(失礼)。――『おそるおそる育休』P92-93より
――そうですよね! ふふふ。
西 すごく貴重でしたね。
原稿の最初のチェックは妻
――育休のあいだはものすごく忙しかったと思いますが、それでも連載時は週に一度という驚異のペースで原稿を送っていただいて、いつ書いているんだろう? とびっくりしていました。
西 今もそうですが、日常の中で自分の時間があるとすれば、だいたい夜10時半以降です。家事をしたり、子どもと遊んだりしているあいだに、このエピソードについて書こう、と決めて、そこからの着地点ってどんなんやろうと考えたあとで、夜に一気に書いていましたね。
ちなみにね、これ、いつも原稿をミシマ社に送る前に、必ず妻が読むんですよ。
――そうだったんですか!
西 連載をはじめたばかりのころ、妻が読んで、「これはなんかちがうかも」みたいに言われたことはありましたね。僕もたしかにそうだなぁと感じたのでボツにして、ぜんぜんちがうことを書いたんです。そしたら、「そうそう!」という反応が返ってきて。そんなやりとりがありました。
たとえば、ご近所さんとの関係とかも、僕にとってこんなふうに見えると思って書いたものが、妻の見方とはちがうこともあります。そういうずれをすり合わせて、じゃあこんな表現だったらどう? と訊いたりしていました。別に検閲してもらっているわけでも、校閲してもらっているわけでもないんですけどね(笑)。
・・・まあ最初はね、けっこうイラッとしたんですよ。自分の書いたものに「この表現なんかちょっとちがうような気がする」みたいなツッコミが入って、なんやねん! って。
――ははは。
西 一方で、回によっては、妻が読んでるうちに涙ぐんだりもすることもあって。こうやって文章にして、一番身近な人が読んでくれて、ありがとうと言ってくれるのはすごくありがたいと思いました。そういう意味でいうと、連載の機会をいただいてよかったなと。
あと、知り合いやママ友から、めっちゃおもしろいです! わかるわぁ~! とか言われると、子育て仲間に響いたりもしてるのかなあとうれしくなりましたね。
家のことを笑えるかたちに翻訳して
――これは書くのたいへんだったな、ということはありましたか。
西 あの、あえていうと、妻との口ゲンカについては、できるだけ笑えるかたちにまで翻訳して書いてます。
――そうだったんですね(笑)。
西 はははは。そらそうでしょ。ほとんどのケンカは笑えませんからね。
――ケンカだけじゃなく、家庭内で起こることって、シビアなことがたくさんですよね。
西 そうですよ。原稿ではさらっと書いてますけど、次男が骨折したこととか、実際にはなかなかなストレスですからね。
幼稚園の入園式のあと、公園でストライダーに乗っていて転倒し、手の親指を骨折しました。私も一月にスキー場で小指を骨折したばかり。そんなところで親を見習わなくていいのに。
――『おそるおそる育休』P213より
西 でも、「書く」っていうことが、それを無理矢理笑いに変換する作業にもなっているというかね。そんなところまで親の真似せんでええねん! って書けて、ようやくちょっと気が楽になるというか。
「物書きデトックス」みたいなところはひょっとしたらあるかもしれません。自分から切り離して忘れるという意味ではなくて、笑える形に変換して着地させる、みたいな作業です。たぶんありのままを書いたのでは、読めたもんじゃないですよ。未消化のまま書かなかったことも、多分いっぱいあったと思いますけどね。
『おそるおそる育休』より、「お弁当戦記 1・夫婦ゲンカ編」
子どもはしなやかに受け入れてくれた
――育休を取られてから一年以上が経ったあと、書籍化にあたって当時の原稿を読み直してみてどうでしたか。
西 やっぱり、仕事に戻ると、育休を少し前のことのように感じたりはします。信じられんなあ、毎日ずっと家にいたのか、と。もちろん、子育ての日々は地続きだし、今も家のことはできる範囲でやってるつもりですけれど。
――子どもたちは、いきなりパパが毎日家にいることや、逆に仕事に復帰することにはどんな反応を?
西 ちょっと子どもが大きかったらまたちがったかもしれませんが、うちの子たち(当時、4歳と2歳)はごく自然に受け入れていましたね。「赤ちゃんが産まれたから、ママもちょっとたいへんだし、パパはしばらく会社に行かないでお家のお仕事するね」と言ったら、「わかった」という感じでふつうにしていました。
男性の育休がまだまだ一般的ではなくて、今の取得率は○○%です、みたいなことは、子どもは当然知らないわけですからね。そのあたりは子どもって先入観がなくて、ものすごくしなやかですよ。お父さんっていうのは毎日会社に行くもので、ずっと家にいるなんて変! みたいなことは言わない。
――ああ、そうですか!
西 職場に復帰するときも、「明日から、幼稚園がある日はパパもお仕事だからね。パパがいないあいだ、ママの言うこと聞くねんで」って伝えたら、「はーい」でおしまい。段差はなかったですね。
育休の影響で、三男が懐いてくれない!?
西 子どもたちについて書いてないことで言うと、新生児の三男の世話は妻がメインになって、僕ができるのは、上の子ふたりの幼稚園・保育園の送り迎えとか、公園に連れていって遊ぶとか、自転車の練習をするとかでした。どうしても「長男次男と僕」「三男と妻」という構図が固定化しちゃうんです。だからね、今、三男が僕にぜんぜん懐かないんですよ・・・。
――ええっ。
西 たとえば、うちでは「かっこいいチーム」と「かわいいチーム」って言ってるんですけれど、「かっこいいチームお風呂入りまーす」って言うと、長男次男と僕なんですね。
――あはは。いいですね。
西 かわいいチームの三男は、「パパが抱っこしてあげようか」って言っても、「イヤァァ」ってめっちゃ泣くんです。長男次男のときよりも顕著に父親に懐かなくて、母への依存度がすごいですね。育休のときに、もうちょっとチーム分けを変えておけばよかったなと思います。しもた! もうちょっと三男と関わっとくべきやった、と。
――もっとこうすればよかったかも、と思われることはほかにもありますか?
西 あとはなんやろうなあ。これは育休だけじゃなくて、子育て全般について言えるかもしれませんが、もっと早くに、妻を理屈で説得するのは間違っていたということに気づけばよかったなと思ってます(笑)。
――ああ~。
西 寝不足だったり、予測できない子どもの行動に向き合ったりしているときに、「だってこうでしょ、だからこうしたほうがいいでしょ」と解決策を理屈で示すっていうのは、まあ時間の無駄ですね。こっちは寝てないねん! 理屈どおりにはいかんねん! となりますから。
育休をとって子どもたちとつねに一緒にいたことで、理屈どおりにはいかんことがやっぱりあるなぁと、やっと実感しました。以前よりは、妻の置かれている状況を具体的に想像できるようになったと思います。
以前なら「縦抱きにすると鼻づまりも少しマシになるかもよ」「部屋を暗くしてみたらどうかな?」「抱え込みすぎたらあかんで。力抜いて」なんて言っていたわけですが、今思えば、どこのシロウト教育評論家やねんというアドバイスです。追い詰められている相方に、力抜け、なんて神経逆なでのお手本。力抜けるもんなら抜いてるわ! って話です。
――『おそるおそる育休』P174-175より
自分でスペースに走り込んで、パスをまわす
――本書の最後に、西さんが職場復帰されたあと、こんどは後輩の男性アナウンサーから育休を取りたいと相談を受けて、「ええやん。育休な、たいへんやけどおもろいで」と答えたというお話が出てきます。あの言葉は、どういう気持ちでおっしゃったのですか?
西 やっぱり、「たいへんやけど」っていうところを先に言ったんですよね。
やはり都市部には核家族が多いし、僕が育休を取った当時はコロナでそこまで自由に移動ができるわけではない状態だったこともあって、家族単位でどうにかしなきゃいけないことがけっこう多かったんです。狭い世界に大人が二人、小さな子どもが一人か二人、三人いるという状況のなかで、いろいろな出来事に対応しないといけない。煮詰まったり、途方に暮れたり、言い合いになったりすることもあって、たいへんはたいへんやでと。
ただ、「めくるめくはじめてワールドやから、これは楽しまないと損やで」とも伝えたくて。「たいへんやけどおもろいで」っていうのは、まずたいへんやとわかったうえで、楽しんでねっていうメッセージですね。「はじめてやわー、しんどいわー」じゃなくて、「うわ、こんなんはじめてや!」っていう姿勢で前のめりにいくとめっちゃおもろいで、と。
仕事を休んで時間ができるっていうことは、どう過ごすかは自分に委ねられるわけで、9時に来て5時に帰りなさい、というのとはちがう世界ですよね。自分にできることは何かを考えて、自分でスペースに走り込まないと、パスはまわせないわけで。それを考えるところから積み立てられるってことを楽しいと思おうぜ、っていうメッセージですかね。
――自分で走り込む・・・そうですよね。
育休そのものが大きな学び
西 今年の始め、岸田文雄首相が育休期間の「学び直し」を推奨する発言をして、物議を醸しましたよね。
せっかく会社を休むんだから新しいスキルを身に着ける機会に、という発想は、まあわかるんです。でも実際に育休を取った身からすると、「勤めていたときよりも、時間的にも金銭的にもたいへんな状況だっていう前提からその発想って生まれてますか?」とは思いました。まあとんちんかんですよね。
まず育休の日々自体が学びだし、人生観のバージョンアップとか、家族の相互理解の深まりとか、そういう人間的な成長を得る場だと、終わってみてから僕は実感したので。
そこで得た気づきみたいなものを、どう仕事に結びつけて、ほかの誰かが困っているときに自分はどうサポートする側にまわれるかな、と考えるようになりました。たとえばそれが、こんなことをもっと勉強してみたいなと思う起点になったりもするかもしれませんよね。じゃあ、職場に復帰して、子どもを育てながら週に2日は大学院に行きたい、となったときに、社会は、政治は、行政はどんなサポートをしてくれるのか。そういういろんなステップをすっ飛ばして、「育休中に学び直し」って言われたら、イラッとはしますね。
――そのあたりの感覚が現場とぜんぜんちがいますよということが、この本通じても伝わればいいなと感じます。
西 もっとたいへんじゃなく育児ができてほしいし、本当に育休中に学び直しができるんだったらそれに越したことはないです。
仕事を休んでるあいだが無駄な時間みたいにいわれると悲しくて、僕はすごく学んだし、大学院に行かなくても、専門学校に行かなくても、資格を取得しなくても、以前の自分よりも成長した、と思ってるので、学び直しというのを資格や学位にしか換算できない価値観自体が間違ってるんじゃないかと感じます。だけど、日常から学ぶことについてより手厚いサポートがあるとさらにいいと思いますね。
――そうですよね。長い時間お話を聞かせていただいて、ありがとうございました。
西 ありがとうございました。
(終)
編集部からのお知らせ
【7/1(土)@大阪】西さんが佐藤友美さんと対談!
明日、大阪の梅田蔦屋書店さんにて、西靖さんと、『ママはキミと一緒にオトナになる』(小学館)の著者・佐藤友美さんの対談イベントを開催します!
育休を取ったアナウンサーの西靖さんと、シングルマザーで一人息子を育てるライターの佐藤友美さん。
「この人の子育て楽しそう!」「育休を取りたくなりました」と読者に言われる二人が語る、子育ての楽しさとは? そしてそれを「文章に残す」ことの醍醐味とは?
熱い共感を集める育児エッセイの著者二人が、子育てを「書く」ことについて語ります。
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◼︎ 開催日
2023年7月1日(土)
◼︎ 開催時間
18:30〜20:00(開場時間:18:00)
◼︎ 場所
梅田 蔦屋書店 シェアラウンジ〈スカイエリア〉
◼︎ 参加費
2,200円(税込)
◼︎ 定員
60名