第78回
『辛口サイショーの人生案内DX』刊行記念 最相葉月さんに訊く!「人生案内」の職人技 (前編)
2021.08.23更新
8月24日、ついに『辛口サイショーの人生案内DX』が刊行となります! 読売新聞の大人気連載「人生案内」から、最相葉月さんによる名回答68本を厳選した一冊です。多種多様なお悩みに対し、最相さんはときに鋭く、ときにはゆったりと構え、鮮やかな答えを次々に提示されます。
私は本書の編集補佐をさせていただいたのですが、最相さんの回答は、「どうやったらこんな答えを編み出せるのか?」と思ってしまうものばかり。「誰かの悩みに触れつづけると、どんな感覚になるのだろう?」という問いも湧きました。とにかく、舞台裏が気になってしかたがありません。
そこで、最相さんご本人に、長年「人生案内」を続けながら考え、感じてこられたことをインタビューさせていただきました! わかってきたのは、「人生案内」がとても職人的な仕事であること。その技を垣間見れば、本に収録された回答も一層おもしろく読めること間違いありません。貴重なお話の数々を、2日間にわたってお届けします。
(取材・構成 角 智春)
(左:シリーズ・コーヒーと一冊『辛口サイショーの人生案内』、右:『辛口サイショーの人生案内DX』)
「人生案内」は炭鉱のカナリア
――『辛口サイショーの人生案内DX』(以下、『DX』)が刊行となりました。前作の『辛口サイショーの人生案内』(シリーズ・コーヒーと一冊)から約5年半ぶりの書籍化です。この数年間のお悩みを振り返って、どのような印象を持たれましたか。
最相 読売新聞の「人生案内」は、100年以上続いているコーナーで、私は2009年から13年間回答者をしています。そのなかで、いつの時代でも寄せられてきた普遍的な悩みがあります。たとえば、嫁姑問題、恋愛や不倫の問題、家族の相続問題、あるいは、職場の同僚とうまくいかないとか、自分の見た目が気になってしまうといったお悩みです。5年半前の本も、今回の本も、そうした悩みは変わらずありますね。
その一方で、時代を反映する悩みもあります。あるときから「人生案内」のなかで少しずつ相談されはじめ、それから1、2年くらいで、社会的な問題として広く世間で話題になっていくテーマがあるんです。私たちは、たった一人のご相談をきっかけにして、そういう悩みや苦しみがあることに気づきます。だから、「人生案内」は炭鉱のカナリアのような意味をもつ場所でもあるんです。
――社会的テーマとして取り上げられる前に、その予兆として、一人ひとりの声が出てくるのですね。
最相 今回の本において特徴的だったのは、やはり、ヤングケアラーですね。少子高齢化が格段に進んだうえに、夫婦が共働きになり、子どもが祖父母の世話を担うケースが急増しました。あるいは、10年ほど前から「うつ病100万人時代」と言われていますが、親が何らかの精神的疾患を抱えているために、多くの子どもが家事労働を担っています。ヤングケアラーが盛んに報道されるようになる前から、人生相談にはこうしたお悩みが寄せられていました(『DX』82~83頁、144~145頁)。
それから、定年近くまで会社で働いた女性から、これからどう生きていこうか迷っているという相談も寄せられました(『DX』140~141頁)。これは私と同じ50代後半の女性からの相談でしたが、私たちは、ちょうど男女雇用機会均等法が施行されたころに働きはじめた世代なんです。自分と同世代の女性たちが、会社で責任ある地位に就くようになる過程をずっと見てきました。そういう人たちが定年を目前に控えて、「あ、ちょっと、若い子に敵わない部分が出てきたぞ」と自覚し、そろそろ次のステップを考えはじめているんですね。退職後の働き方・生き方を探る女性たちの相談はこれまでにはなかったので、非常に新鮮でした。
もちろん、ここ1、2年はコロナにまつわる相談も多くありました。そういうかたちで、いろいろな変化を感じています。
――『DX』に収録する回答を選んでいたときに、全体として、深刻な悩みが増えているという印象をもちました。第一弾の本のほうでは、「主夫 大金を得るのが夢」とか、「熊のぬいぐるみ、夫が溺愛」といった、素朴で、どこか読み手の心を緩ませるような相談も多かったように思います(それぞれ、シリーズ・コーヒーと一冊『辛口サイショーの人生案内』70~71頁、90~91頁)。
最相 私は月に2、3回「人生案内」の回答をするのですが、実際には、その3倍ぐらいの数の相談が手元に送られてきて、そこから自分が回答できそうなものをセレクトします。真面目な相談ばかりではなく、ちょっと笑えるようなものにも答えたいので、たまにはそういう相談も回してくださいと担当の記者さんにお願いするのですが、最近は数が減っているようです。やっぱり、みなさん余裕がないというか、バカみたいと思われるような相談は送っちゃいけないと考えているのかもしれません。
最近、出久根達郎先生がお答えになっていたもので、「夫のおならが臭い」という相談があったんですよ(『読売新聞』2021年6月8日)。あれには私、答えたかったな(笑)。
(最相葉月さん)
回答に「辛口サイショーの角度」をつける
――「人生案内」を書くという仕事は、どのような流れでされているのですか。
最相 最初は、手元に届いた何本かの相談をザーッと読んで、そのまま放置するんです。少し時間を置いて、どれに答えようかなと考え、気がついたことをメモしていって、答えられそうだと思ったら書きはじめます。書き出してからはわりと早いですね。答えるのがすごく難しいご相談については、ほかへの回答を書いているあいだもずっと考え続けます。
「人生案内」の回答をする際には、あまり「自分」を入れないようにしています。わりと職人的な仕事なんです。
たとえば、カウンセリングは、密室において一対一でコミュニケーションしながら、相談者自身の回復を支えていく仕事ですよね。でも「人生案内」は、お悩みや相談を根本的に解決するというよりは、何かひとつ、ものの見方を転換させるきっかけをつくるためのものなんです。しかも、相談者だけではなくて、数百万人の新聞の購読者に読み物として楽しんでいただかなくてはなりません。そういう場で私自身を出しすぎると、回答が歪んでしまう可能性があります。
だから、自分の回答にどう「角度」をつけていくべきかを判断する必要があるんですね。相談に対して、こういう角度からみたらきっと面白いとか、見え方が変わってくるだろうといったふうに。職人的な感覚でなんとも説明しようがないのですが、考えて、置いといて、考えて、置いといて・・・とくりかえしたのちに書き出すと、「辛口サイショーの角度」みたいなものが生まれるんです。
――ご自身の規範や感情は一度脇に置いて、どうすれば相手の悩みを少しでもずらせるかということを考えておられるのですか。
最相 そうです。「相談者に見えていないものは何か」ということを考えます。人って、悩むときはどうしても視野狭窄に陥ってしまうんです。自分以外の人も同じように苦しんでいるということに気づけなかったり、本当は回れ右をするだけで答えがみつかるかもしれないのに、同じところを行ったり来たりしているような状況にあります。ケースバイケースなのですが、穴ぼこからちょっと首を伸ばして外を見てみれば、すぐそこに道があるかもしれないよ、ということが伝わるといいなと思います。
昔から人生相談の大ファンだった
最相 私は、昔からいろんな人生相談のコーナーが大好きだったんですよ。新聞の相談コーナーもたくさん読んでいたし、ラジオの人生相談も大好きで、いまでも寝ながら聴いています。
昔、作家の安部譲二さんがラジオで人生相談をされていて、私はあるときタクシーの中でそれを聴いたんです。安部さんはかつて暴力団にいた経験のある方なのですが、ある男性から、「息子が借金を重ねて、サラ金に追いかけられています。うちに何度も取り立ての電話が掛かってきて、どうしたらいいのかわかりません」と相談されていました。安部さんはそれに何と答えたと思いますか。「留守電にすればいいんですよ」とおっしゃったんですよ(笑)。直接電話に出なければ、たしかに、毎日取り立てに対応することからは逃れられますよね。私はそれを聴いて、ちょっとズッコケながらも、なんだそれでいいのかと思って笑ったんですよ。
――そういう回答の仕方もありなのか、と。
最相 そう。たった数百字の回答欄や数分の放送のなかで、誰かの悩みを根本的に解決できるわけがないんです。だから、そこは背負いすぎずに、悩みのなかでどこを動かせば相談者が次に進めるか、という視点で回答するんです。その技を、安部さんに教えられた気がしました。あのころ私は会社員でしたし、自分がまさか回答者をやるとは思っていなかったですけどね。ただファンとして、いろんな人生相談をウォッチしていたんです。朝日新聞に連載されていた中島らもさんの「明るい悩み相談室」も読んでいたし、読売の「人生案内」のなかでは、映画監督の大森一樹さんの回答が大好きでした。
――それぞれの回答者の角度や技を、読者としてご覧になってきたのですね!
編集部からのお知らせ
最相さんが、臨床心理士の佐々木玲仁さんと対談されました!
最相葉月さんが、臨床心理士の佐々木玲仁さん(九州大学准教授)のYouTubeチャンネル「ひねもす」に登場され、『辛口サイショーの人生案内DX』について対談くださいました。
本書に収録された相談を取り上げ、「人生案内」回答者とカウンセラーというそれぞれの立場から、悩み相談への応え方について語り合っておられます。
人生案内とカウンセリングの違いは? 最相さんはどんな思いで回答者を続けてこられたのか?
動画はどなたでもご覧になれます。ぜひ!
「聴くことを生業にするふたりが相談を受けることについて話す|最相葉月×佐々木玲仁」
最相さんと仲野徹さんの対談イベントを開催します!
『辛口サイショーの人生案内DX』と『仲野教授の 笑う門には病なし!』の同時刊行を記念して、最相葉月さんと仲野徹さんに対談いただきます!
最相さんは、科学や医療を題材とした文章を数多く発表してこられました。仲野さんは、病理学の研究者でありながら、無類の読書家で、新聞の読書委員も務めておられます。文理の境界を超えて思考し、書いてこられたお二人のお話は、盛り上がることまちがいありません!