第208回
駒込武先生に訊く 今知りたい「台湾有事」と「台湾」のはなし(後編)
2026.02.18更新
2月8日に投開票が行われた衆議院選挙は、高市早苗首相の率いる自民党が議席の3分の2以上を獲得する結果となりました。
この選挙で争点のひとつとなり、今後の政府にとって重要な課題になっているのが、高市首相の「台湾有事」についての発言が引き金となって起こった、日中関係の緊張です。
2025年11月7日の国会で、首相は、「中国が台湾に武力行使した場合、集団的自衛権を行使する『存立危機事態』になり得る」という趣旨の発言をしました。
中国の対日輸出規制や観光客の減少、中国外相による非難など、ニュースでは「日中関係」にばかり注目が集まっていますが、この発言は、台湾の人びとからはどのように見えているのでしょうか? そもそも、なぜ「台湾」をめぐって、日本と中国が対立を深める状況が生まれるのでしょうか?
台湾の歴史を知らないことで、この問題について大きく見落としているものがあるのではないか。
そんな思いをもって、台湾近現代史を研究する京都大学の駒込武先生にお話を伺いました。本日は後編をお届けします。
(取材日:2026年1月14日 構成:角智春)
駒込先生が監修者・編著者を務めた台湾についての本
台湾独立運動とは何か?
こうした流れのなかで、台湾社会の中で「独立」をめぐって市民の意見が分かれるようになります。
台湾独立運動とは、ひとことで言うと、中華民国憲法を「台湾共和国憲法」に全面的に変えようとする運動です。台湾社会の憲法は今でも中華民国憲法なのですが、この憲法の下では、「中華民国は中国全土を支配している」ということになっています。独立運動はこの憲法の改正を通して、中華民国の看板を下ろし、「台湾国」や「台湾共和国」とすることをめざしています。憲法改正にはもちろん、立法院(国会)での4分の3以上の賛成などの厳しい条件があります。
ふたたび歴史をさかのぼりますが、台湾では1949年から1987年まで戒厳令が敷かれていました。世界でもっとも長いといわれる戒厳令です。戒厳令とは軍事的な都合がすべてに優先され、集会や結社の自由など基本的な人権が極端に制約されることを意味します。学校で授業をしているときに、特務機関の兵士がやってきて教師を教室から連れ出し、形だけの軍法裁判をして銃殺したり、絶海の孤島の政治犯収容所に送り込んだり...。そんなことが日常的に生じていました。主な標的は共産主義や台湾独立の思想にシンパシーをもつものでした。この時期の極端な国家暴力を「白色テロ」と呼びます。この「白色テロ」が吹き荒れた期間が、なんと40年近く続いていました。

図3 国家人権博物館 白色テロ景美記念園区(2019年筆者撮影)
戒厳令下における政治犯の拘置施設。2018年に人権を学ぶための博物館として開館した。
戒厳令下の1975年、初代総統の蔣介石が亡くなります。その子どもの蔣経国は、「大陸反攻」を事実上放棄し「中華民国は台湾社会に根を下ろさなくてはいけない」という方向に切り替えました。ちょうど世界全体では冷戦状態が緩和し、韓国でも1987年6月に民主化宣言がなされた時期です。この状況のなかで、1987年7月に台湾の戒厳令はようやく解除されました。
台湾の今の政権与党である民進党は、戒厳令解除の前年の1986年に成立した政党です。この党が綱領に掲げたのが、「台湾独立」でした。戒厳令下には「独立派」関係の書籍を持っていただけで逮捕・投獄されていましたが、ようやく戒厳令が解除され、民進党支持者はどんどん増えていきました。
「中華民国在台湾」という言葉がなぜ生み出されたのか?
そこで新たに立ちふさがったのが、中華人民共和国です。台湾の独立は決して許さないと、こんどは中国政府が言いはじめたのですね。
台湾の人にとって、独立は基本的に国内問題で、「中華民国からの独立」を指します。そもそも中華人民共和国からは支配されていませんから、あなた方から独立したいのではない、ということになります。でも、中華人民共和国は、「もともと台湾は清国の一部で、清国の権益を中華民国が引き継ぎ、その権益をさらに中華人民共和国が引き継いだのだから、台湾は私たちの一部である」と主張しました。
1996年に台湾で初めて総統直接選挙が行われたのですが、このとき、中国は台湾の沖合にミサイルを発射し、「第3次台湾海峡危機」と呼ばれる戦争寸前の事態になりました。この頃から民進党は、中国との戦争になりかねないということで、独立という綱領をペンディングします。
くりかえしになりますが、民進党はもともと台湾独立を目指していて、それは中華民国からの独立でした。中華民国が実効支配する範囲は台湾なのだから、その現実に合わせて中華民国憲法を全面改正し、新しい国を作りましょう、という案だったわけですね。
ところが、中華人民共和国からの威嚇が強まるようになった。そこで独立派は「それでも独立をめざす」立場と、「いや、それはまずいだろう」という立場に分かれます。ざっくり言うと、後者の人たちが多数派となります。
その民進党が、中華人民共和国の侵攻を避けながらなんとか現状維持をするために編み出した言葉が、「中華民国在台湾(台湾における中華民国)」という呼び名です。
国家を新たに作るという、騒乱の種になるようなことはしない。でも、「台湾における中華民国」として、「国語」は中国語だし、「国史」は中国史だけれども、今までと異なって台湾に独自の歴史や言語を尊重するという主張を打ち出し、実現してきました。これが、直近20年ぐらいの民進党の路線です。

図4 「台湾」名義の国連加盟を求める集会。緑と白の「台湾独立旗」や「台湾基督長老教会」の幟が打ち振られている。(2018年筆者撮影)
台湾の未来は自分たちで決めたいという思い
かつては「国共内戦」といって、中国国民党と中国共産党が対立していました。そして、中国国民党の支配下に台湾社会があった。
現在は、台湾のなかに国民党と民進党があり、支持率はほぼ半々に割れている状況です。民進党が中国の侵攻に備えて防衛力を高めようとする一方で、国民党は、現在では中国と仲良くしたい立場をとっています。なぜ中国を頼るかというと、第一に経済的権益があるからですね。中国本土の広大な市場に進出できるほうが、当然台湾企業は儲けられます。
ただ、これは強調しておきたいことですが、国民党支持者であっても中国との統一を望んでいるかというと、必ずしもそうではありませんし、とりわけ武力による統一はありえないと考えている人が大多数といってよいと思います。
2025年末の台湾政府の世論調査で、「台湾の帰属は2300万人の台湾人が自ら決めるべきか」という問いにイエスと答えた人は84.4%に上りました。習近平政権下で香港の一国両制度が弾圧された事態を目撃したこともあり、文字通り中国の一部になってしまえばいいと思っている人はわずかだと言ってよいと思います。
民進党支持か国民党支持かを問わず、統一志向か独立志向かに関わりなく、いずれにしても、自分たちの運命を自分たちで決めたいという思いは、大多数の人びとに共有されているわけです。それは、1895年の下関条約で台湾が日本の領土とされて以来、大国によって勝手に取引されつづけてきた歴史のなかで多くの台湾人が共有してきたものです。台湾の未来を決めるのは台湾の人びとですが、どこに向かうにせよ、自分たちで決めたいという思いを十分に理解し、尊重しなければならないと私は考えています。
台湾と日本がお互いを知るために
最後に、台湾と沖縄の関係についても触れたいと思います。
台湾独立派のなかには、中国に攻められるという危機感から、「いざというときには沖縄の米軍に助けてほしい」という発想の人が少なくありません。
かつて台湾には米軍基地がたくさんあったのですが、1979年の米中国交正常化によってすべての米軍基地が撤去されました。このことは、台湾社会と日本社会の関係を考えるうえで大きなねじれを生んでいます。
もしも米軍基地が台湾にあったとしたら、台湾の人は米軍に頼りたいという思いをもつ一方で、今沖縄で起きているような、基地や米兵の存在がもたらす被害もリアルに認識せざるをえないと思います。しかし、台湾から基地が撤退したことによって、基地の負担は沖縄、米軍のプレゼンスに期待するのは台湾というような、わかりにくい構造ができてしまいました。
『台湾と沖縄 帝国の狭間からの問い』(みすず書房、2024年)という本のなかで、私は、台湾の政治学者の呉叡人さんと、沖縄で米軍基地の是非を問う県民投票を求めてハンガーストライキをした元山仁士郎さんと対談しました。
呉叡人さんは、もともと沖縄の米軍基地反対運動に連帯していて、沖縄と台湾はともに大国から取引されてきた土地なのだから、その弱者同士が共食いするようなことはあってはならないし、台湾は永世中立国を目指さなければならない、という考えをもっていました。しかし、ウクライナ戦争以後、世界的にも「中立」という位置取りが難しくなるなかで、やはり防衛力を固めるしかないという意見に変わっていきました。
防衛のためには軍事力に頼らざるをえないという呉さんと、米軍基地に反対する元山さんの立場は、基本的に対立しますよね。ただ、それでも両者が一致したのは、現在の沖縄のように、住民投票の結果に反して基地が維持されることは認められない、という点でした。
元山さんが「基地問題にかぎらず、物事を住民の投票によって決める直接民主主義を大事にしたい」という意見を述べたとき、呉さんは「それについてはまったく賛成です」と言った。実際に、台湾は住民投票によって原発再稼働を止めた経験があります。「住民投票に反するものは認められない」という考えは、呉さんの今の立場であっても出てくるのですね。
まさに民主主義の根幹にかかわるところで、ここに、今の台湾と沖縄が議論を共有する可能性があるのではないかと私は思っています。沖縄の住民投票の現実が伝われば、台湾でも沖縄の基地をあてにしてはいけないという認識が広がっていくのではないでしょうか。

図5 シンポジウム「台湾と沖縄 黒潮の連結する島々の自己決定権」(2023年7月8日@京都大学)
最後に、ふたたび高市政権の話に戻りますが、本当に戦争に備えるのであれば、軍備強化ではなく、原発を止めるとか、食料自給率を上げるとか、現実的にすべきことはほかにたくさんあるわけです。今の高市首相には、軍事費を負担することでアメリカの庇護を受けて政権を延命させたいという思惑があり、アメリカ側も、日本に軍事費を肩代わりさせたいという思惑がある。その肩代わりを正当化する方法として、「台湾有事」や「台湾の人のために」という話が出てきているのではないかと思います。
沖縄の基地反対の声をこれほど踏みにじっている人たちが、台湾の人びとの命と暮らしを大事にするわけがない。それを台湾の人にどうしてもわかってもらう必要があると私は考えています。日本のことは台湾になかなか伝わらないし、逆もまた然り、台湾のことは日本ではわからないことが多い。一方的なイメージや誤解を越えていくために、多言語で発信・受信し、双方向的なコミュニケーションを図る必要を切に感じています。
双方向的な対話の試みの一環として、2023年に自主講座「認識台湾 RenshiTaiwan」を立ち上げ、一般市民に開かれた形で台湾の社会と歴史について学ぶことのできる場をつくってきました。『台湾と沖縄 帝国の狭間からの問い』という本も、この自主講座「認識台湾 RenshiTaiwan」で呉叡人さんをお招きして京都大学で開催したシンポジウムをベースとして編纂したものです。この春には、その華文版を台湾で発行する予定です。その反響をまた日本社会に伝えていきたいと思っています。
図6 『こぐまのララはうたう』(ウー・イージェン作/リャオ・ペイツー絵/よしだ るみ訳、国土社、2024年)
また、戦後台湾の「白色テロ」を題材とした絵本『こぐまのララはうたう』の日本語訳を監修しました。すごく深刻なテーマを、可愛らしい動物に託して描いた、不思議な絵本です。こうした入り口からも、台湾と日本の双方向的なコミュニケーションが広がっていけばよいなと思っています。実際に戦争が起きてしまうかもしれないと考えると気持ちばかり焦ってしまいますが、たとえ回り道のようでも、歴史を知り、社会を知り、相互理解を深めることが「平和」をつくり出すための前提条件だと思うからです。
(終)
編集部からのお知らせ
あわせてお読みいただきたい本

本記事とあわせて、ぜひミシマ社の書籍『中学生から知りたいウクライナのこと』『中学生から知りたいパレスチナのこと』をお手にとっていただけたら幸いです。
著者の小山哲先生、藤原辰史先生、岡真理先生(『パレスチナのこと』のみ)は、駒込武先生とともに「自由と平和のための京大有志の会」で活動し、戦争や植民地主義の暴力を非難し共に考える場をつくってこられました。ふたつの本では、ウクライナとパレスチナの状況に重ねて台湾のことが触れられています。





