第7回
『銀河鉄道の星』あとがきを掲載します
2018.11.20更新
いよいよ明後日22日(木)、『銀河鉄道の星』が発売になります! 本日は一足早く、「あとがき」を公開します。今回、なぜ後藤正文さんは、宮沢賢治を新訳しようと思ったのか。この「あとがき」を読むと、子どものころに、本の世界への入り口に立っていた自分を思い出して、温かな気持ちになります。たくさんの子どもたち、そして大人たちに届きますように。
『銀河鉄道の星』宮沢賢治(原作)後藤正文(編)牡丹靖佳(絵)(ミシマ社)
『銀河鉄道の星』あとがき
とあるプレゼント用の本を探しに書店へ入り、書棚の前で途方に暮れたのは五年くらい前のことだったと思います。僕が手に取った本は、どれも漢字にルビ=振り仮名が振られておらず、小学校の高学年にならないと読めなそうな本ばかりでした。
漢字の読み書きの能力を想像しながら売り場を歩くと、絵本のコーナーにたどり着きました。
どんな年齢の人が読んでも面白い絵本はたくさんあります。売り場にも、素敵な絵本がいくつも並んでいました。けれども、僕が贈りたいのは、「はじめての読書」になるような本でした。
もちろん、絵本を読むことは読書ではないと言いたいわけではありません。僕が渡したかったのは、絵本と文芸書の間をつなぐような、ある程度の文章を読んで何かを感じるという体験だったのです。
小学校の低学年と高学年の間には、読書体験の窪地のようなところがあるのかもしれないと僕は思いました。学校で漢字を習うまで読めない本があるとしたら、悲しいほどの機会の損失です。
ルビの有り無しを簡単に飛び越えて、読書に没頭してゆく子もいるでしょう。読める読めないということはとても不思議で、大人が読めていないことを子どもが読み取っていたり、漢字がわからなくても意味をつかまえている子がいたりと、漢字学習の濃淡とイコールでは結べません。難しい本だろうから子どもには読めない、という偏見は書き手にも読み手にも、文学の歴史にも失礼なことなのだと思います。
一方で、書いてある漢字が読めないということを理由に、その本から撤退してしまう子もたくさんいるのではないかと想像します。
それではと、こうしてすべてのもじをひらがなでかいてみると、とてもよみづらいです。ほとんどあんごうのようになってしまいます。むつかしいことです。ぎゃくに、こどもたちをりすぺくとしていないようなきもちになります。もっとも、しょてんにそうしたほんはいっさつもありませんでした。
というわけで、先に書いた通り、僕は書店で途方に暮れました。
いっそのこと、すべての漢字にルビを振って、プリントアウトしたものを渡そうと考えて、新潮文庫の『銀河鉄道の夜』をチクチクとワードファイルに打ち直すところから、この本の執筆がはじまりました。
プレゼント用の本を自作しようと思ったのです。
文章を打ち直しながら、改めて、僕は宮沢賢治の詩情にズンズンと惹かれて行きました。人気のない冬の朝の透き通った空気を吸い込んだときの、肺の奥がひんやりとして清々しくなるような、ひとりぼっちのまま世界をひとりじめにしているような、そんな瞬間に身をひたし続けているような気分でした。
夢中になって書き写しているうちに、段々と、文章のなかで重複する表現が気になりはじめました。とても素敵な作品だけれど、最後のところで編集者の手が入っていないのではないかとも感じました。音楽で言うならば、デモテープなのかもしれないと。
ふと思い出したのは、僕の職業はミュージシャンだということでした。
音楽には、楽器ごとに分けられた音源を編み直す、リミックスという表現があります。原曲の音を使って編み直すだけでなく、ほとんどの場合は新たな音が加えられて、楽曲が再解釈されます。
僕は不遜にも、この手法で、『銀河鉄道の夜』を自分なりにリミックスしようと思いました。音読したときの響きがやや古典的に聞こえつつあるこの物語の詩情をそのままに、現代風のサウンドに立ち上げ直したいと考えたのです。
さらに『よだかの星』と『双子の星』を加えて、この本を『銀河鉄道の星』と名づけました。二つの物語が並ぶことで、レコードやCDのアルバムのなかでシングル曲が再解釈されるような、奥行きと豊かさを持たせたいと思いました。
もちろん、原作の響きは僕が語るまでもなく素晴らしいものです。
ビートルズの名曲が謎のボサノバ・アレンジによって台無しにされていたり、あるいはスーパーマーケットで聴くようなインストゥルメントで聴かされたりしたときのような、憤りに近い感情を抱く人もいるかもしれません。
そうした風景を想像しつつ、恐れおののきつつ、ありったけの愛をもってリミックスしました。
僕の印税はすべて「ハタチ基金」という「東日本大震災発生時に〇歳だった赤ちゃんが無事にハタチを迎えるその日まで」を合言葉に活動している団体に寄付します。
本来、プレゼント用にたった一冊の本が欲しくてはじめたことです。その一冊が手に入れば十分です。
ミシマ社の三島邦弘さん、装丁家の名久井直子さんの協力なくして、この本は作れませんでした。そして何より、素晴らしい絵画を描いてくださった牡丹靖佳さんに感謝します。牡丹さんの絵は、僕のリミックスがぎりぎりのところで謎のボサノバ・アレンジに転落することを防いでくれたように思います。
読む、書く、という人間の営みに愛を込めて。
後藤正文
プレゼントにピッタリの本書、初版には限定特典として、「絵・牡丹靖佳さん、デザイン・名久井直子さん」のオリジナルポストカードがはさみこまれていますので、お早めにどうぞ!
明日は後藤正文さんと装丁家の名久井直子さんによる、対談の様子をお届けします。こちらもぜひお楽しみに!
編集部からのお知らせ
『銀河鉄道の星』サイン本を販売します
後藤正文さんによる『銀河鉄道の星』サイン本を「ミシマ社の本屋さん」のオンラインショップ限定で販売します。