第217回
ミシマ社初の翻訳書『エッセイ本のつくり方』を刊行します!
2026.08.18更新
8月20日(木)に、イ・ヨンシル著『エッセイ本のつくり方――韓国ベストセラー編集者の企業秘密』(清水知佐子訳)を刊行します!
本書は、ミシマ社が創業20周年記念企画として刊行する、はじめての翻訳書です。
著者のイ・ヨンシルさんは、韓国の有名編集者。
『29 歳、今日から私が家長です。』(イ・スラ)、『増補新版 女ふたり、暮らしています。』(キム・ハナ/ファン・ソヌ)といった、日本でも愛されるヒット作を世に送り出してきました。
編集者歴は20年。出版社「文学トンネ」の編集部国内5チーム長を務めたのち、現在は、出版社「イヤギジャンス」を立ち上げ、代表を務めています。
本書はヨンシルさんが、本づくりの技術と、仕事への情熱を余すところなく綴る一冊です。
なぜ、韓国のエッセイ本はこんなにおもしろいのか。最高の本は、どのような思い、工夫、失敗、挑戦のつみ重ねのうえに生まれ、読む人のもとへ届くのか。
本に関わる仕事をする方だけでなく、文章を書く方、本を愛する方、これから韓国エッセイに触れてみたい方、あらゆる世界で日々懸命に働いている方、すべてにお届けしたい一冊です。
本書の唯一無二のおもしろさと、まっすぐでエネルギッシュなヨンシルさんの人柄に、一人でも多くの方に触れていただきたい。そう願い、本書の「まえがき」を特別に公開します。
イ・ヨンシル『エッセイ本のつくり方』まえがき
――筆の赴くままに書かれた文章を、綿密な戦略を立てて世に送り出す
私はエッセイ本が嫌いだった。
入社して二カ月ほど過ぎた頃だっただろうか。韓国文学チームにいた私に、非小説・エッセイチームが新設されるのでそちらに移るよう異動命令が下された。青天の霹靂だった。中学、高校時代ともに文芸部に所属し、大学の国文科でも小説を書き殴る根っからの文学徒だった私は、文学トンネの編集者になったのだから当然、主に小説を担当していくのだろうと考えていた。
「非小説」は名前からして気に入らなかった。世の生命体を人間と非人間に大別する暴力的な世界観のように、本が小説と非小説に分けられるというのも納得がいかなかったし、あらずの「
「なぜ私が非小説チームに行かなくてはならないんですか。私は小説が好きなんです。この会社は小説がメインでしょう?」
髭面の室長は、ぶつぶつ文句を言う新入社員を呆れ顔で見つめると、とても重大な秘密をこっそり教えるかのようにささやいた。
「おい、これはチャンスなんだぞ。ここでエッセイとか非小説の編集に慣れてみろ。そしたらあとは、何でも来いだ! 小説であれ、人文書であれ、ノンフィクションであれ、絵本であれ、何でもてきぱきつくれるようになる。だけど、その反対は難しいぞ。とりあえず、ここで手当たり次第やってみろ。そしたら、君の望むどんな人でも物語でも、本にすることができるようになるはずだ」
私が好きな人や物語をみんな本にすることができるようになるなんて。「髭面室長の誘惑」は、入社するなり左遷(?)されたみたいで落胆していた新人編集者に「そうなの? だったら一丁、やってみようじゃないの」という闘志をかきたてる結果となった。
あれから十四年(※編集部注:2021年当時)、私は多くの本をつくってきた。そのほとんどがエッセイだ。エッセイはちょっと不思議なジャンルだった。厳然とした文学でありながら、いわゆる「文壇」の境界線から少しはみ出したジャンルのようで、エッセイという明確なジャンルがあるにはあるものの、実際読んでみると、自伝、心理、人文、自己啓発、ルポ、実用など内容は多岐にわたっていて、エッセイとは何なのか、明確に定義しにくい。
エッセイ本を完成させ、成功させるには隅々までとことん手間をかける必要があり、編集者の綿密な戦略と几帳面な作業が求められるが、大衆的なエッセイに権威ある出版賞や編集賞が与えられることはごくまれだ。しかも、本当に大ヒットしているエッセイ本であっても、(有名作家のものを除いて)新聞や雑誌の書評欄にそう簡単には載せてもらえない。エッセイはいま、出版市場でもっともよく売れ、若い読者が好む人気のジャンルになったが、それはつまり、私が力を入れてつくった本が市場で注目されて読まれるよりも早く、埋もれ、忘れられていく確率が高いという意味でもある。
私はたまたまエッセイ本の編集者になったけれど、本をつくればつくるほど、エッセイというジャンルのあいまいな性格、境界と体系のなさ、漠然としたところや自由さにはまっていった。新刊の棚に並ぶと、最新刊の波にさらわれていつ引き潮のように消えていくかわからないのも、どきどきしてスリル満点だった。
つかみどころのないジャンルなだけに、一緒に仕事をした著者も多様だった。作家はもちろん、記者、漫画家、俳優、歌手、政治家、看護師、会社員、作詞家、女性学者、教授、SNS系作家など、私の担当した著者たちは職業も年齢層も経歴も千差万別だった。編集者でなければ決して出会うことのなかったであろう人たちの新鮮で、驚くべき物語にどっぷりはまって数カ月を本づくりに費やし、そんな著者たちから、もっとも輝く個性的な部分を見つけて原稿に盛り込んだ。その過程がたまらなく面白かった。華やかで、回転率の高いエッセイ本の売り場で、何が何でも目立つことを考えなければならないから、退屈だと思う暇も、サボる余裕もなかった。エッセイというジャンルが私を、編集者としてより深く悩ませ、没頭させ、完成させたわけだ。
いまや私は、すてきな人や忘れられない物語に出会うと、勝手に一冊のエッセイ本を想像してしまう。あの人はどんな本になるだろう。どんな目次とタイトル、装丁、そして人々の心を開くカギを持った本になるだろうか。エッセイ本をつくる方法に熟達すれば、君の望むどんな人でも物語でも本にできるだろうと言っていた髭面の室長の言葉は正しかった。
大学時代、「随筆」は筆の赴くままに書くものだと学んだ。あのときは、ちょっと変な定義だと思った。聞き書きでもなく、この世に筆の赴くままに書く文章がどこにあるのだと。でも、エッセイ本を何冊かつくったあとで振り返ってみると、その定義が以前とは違って見えた。エッセイ本は無理やりつくられるものではない。一人の人間が生きてきたままを、経験した分だけ書いた結果だ。人生が紡ぎ出す物語を記憶の中で熟成させ、作家の手によって自然に綴られたのがエッセイ本なのだ。
しかし、そうやって筆の赴くままに、生きてきたままに書かれたものだとしても、エッセイ本を編集する人は決して、本の姿形や運命を風の吹くままに任せておいてはならない。エッセイ本の市場は、「本気度」が問われる闘いの場だ。どの本も著者が直接体験したことであり、唯一無二の経験談で、切実な人生のストーリーだ。その闘いのさなかで誤作動なく発火する起爆装置を準備し、面白さと感動という導火線を読者の心に正確につないでスパークさせるのは、編集者の役目だ。
エッセイは、編集者がどれだけ綿密に準備したかによって「思いがけない奇跡」が起こる確率と可能性が劇的に違ってくるジャンルだと私は信じている。今日も私は緊張半分、ときめき半分で、読者の胸でスパークすることを期待しながら、売り場のあちこちに起爆装置と導火線を仕込んでいる。
最近は、「どうすればベストセラーをつくれますか」という質問を受けたりもする。「ノウハウというのは、絶えずつくりつづけているうちに蓄積されるものです」と自信たっぷりに答えたいところだが、みなさんもご存じのように、そんなものはない。いまもオフィスの自席に座って後ろを振り返ると、私が確信をもって制作を推し進めた本が何冊も、本棚の「初版の殿堂」に並んでいる。ついぞ重版できなかったエッセイ本の数々を私は、売れた本よりもはるかに頻繁にめくっている。そして、こうすればよかった、ああすればよかったと繰り返し考えながら、頭の中で数十バージョンの改訂版を刷っている。
ただ私には、かなりの確率で幸運が訪れるのも事実だ。運よく「販売規模の大きい本」を何度か経験し、市場と読者というものについて気づいたこともある。私が、「筆の赴くままに自然と書かれた原稿」を前に頭を抱え、緻密な計算をして送り出しながら考え、学んだことをいまから書いてみようと思う。つまりこの本は、担当することになった本を、何としてでも、少しでも多く読んでもらえるよう、もがき苦しんだあるエッセイ本企画編集者の作戦ファイルであり、最後まで火がつかなかった起爆装置を分析・検証した涙の「失敗集」でもある。
売れるエッセイ本といいエッセイ本のあいだには、大きな隔たりがあるように見えることがある。でも私は、その二つのあいだには明らかな接点があると考えている。その接点をつくり、探し出すことを私は、編集者でいる限り決してあきらめないだろう。
メディアや著名人、流行の影響をもろに受けるエッセイ市場を見下し、鼻で笑ったりせず、私たちが本を売るべき相手である読者の趣味嗜好を絶えず探求し、よいエッセイ本になるであろう人たちにせっせと会い、その人たちの物語を本として完成させたい。いま、宝石のようなエッセイ原稿を
「私が、『筆の赴くままに自然と書かれた原稿』を前に頭を抱え、緻密な計算をして送り出しながら考え、学んだことをいまから書いてみようと思う」。
そう綴るヨンシルさんは、本当にありったけの「企業秘密」を、本書で読者に伝えます。
こちらの目次をご覧ください。
『エッセイ本のつくり方』目次
まえがき─ 筆の赴くままに書かれた文章を、綿密な戦略を立てて世に送り出す
1 エッセイ本のターゲット層は「大衆」だ
2 あなたは一度でも、タイトルで本の運命を動かしたことはあるか
3 帯文は編集者の看板だ
4 エッセイ本の編集者のパソコンには自分だけのギャラリーが必要
5 デザイン修正地獄にくずおれそうになるとき
6 作家の傷や記憶を「大幅修正」したりしません
7 営業担当をファンにする
8 よく売れるエッセイ本ほど書評が少ない
9 契約書を取り出すタイミングと引っ込めるタイミング
10 著名人の本で人気やファンダムより大切なこと
11 エッセイ業界は推し活のためにある
12 外国語ができなくても売れる海外エッセイを発掘できる
13 私は芸術家よりも生活人が好きです
14 作家たちとよく遊び、作家たちの言葉を記憶する
15 どういうわけで私はイヤギジャンスになったのか
16 誰かと一緒に汗を流して
あとがき─「雑文」編集者の覚悟
日本語版刊行によせて─ 売れるエッセイの秘密、売る編集者の裏技
訳者あとがき(清水知佐子)
『エッセイ本のつくり方――韓国ベストセラー編集者の企業秘密』は、8月20日(木)発売です。
ぜひ、お近くの本屋さんでお手に取ってみてください。
ヨンシルさんが東京にやってきます!
本書刊行を記念して、イベントを開催します。
はるばる韓国からイ・ヨンシルさんがいらっしゃる貴重な機会です!
『エッセイ本のつくり方』刊行記念
―おもしろい韓国エッセイ本のつくり方、読み方、訳し方―
出演:イ・ヨンシル、清水知佐子
日時:2026年9月6日(日)14:00〜15:30
参加費:店内参加券&オンライン参加券2,200円(税込)/オンライン参加+書籍『エッセイ本のつくり方』付き券4,600円(税、送料込み)
会場:チェッコリ店内(千代田区神田神保町1-7-3 三光堂ビル3F)+オンライン(zoom)
定員:店内30名/オンライン80名
エッセイは、編集者がどれだけ綿密に準備したかによって、「奇跡」が起こる確率が劇的に変わる。そう綴るイ・ヨンシルさんと、韓国エッセイはなぜこんなにおもしろく、ブームを起こすのか? それはどうやってつくられ、私たちのもとに届けられるのか? という舞台裏の謎に迫ります。
・「この人の人生をエッセイ本にしたい!」と編集者が思う瞬間は?
・ZINEやSNSで誰もが文章を発信できる今、エッセイを本として出版することの真価は?
・書き手の生き方そのものが滲む文体を、翻訳者はどう日本語にする?
・座右に置いている韓国と日本のエッセイ本は?
『エッセイ本のつくり方』訳者であり、イ・ヨンシルさんの編集した本の日本語訳を多数手掛けてきた、清水知佐子さんとお話しいただきます。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。








